『父』と『母』の物語・別れ 14 —彼女の遺したもの—
「……嫌だ……エリス……嫌だ……」
私はつぶやき、目の前で天に還ろうとしているエリスの『魂』を見つめる。
「……駄目だ……エリス……逝っては……」
私は無意識のうちに『結界石』を握りしめていた。エリスの結界魔法と空間魔法の込められた魔道具。
——そして、私の『魂』に干渉する能力。
結界石が淡く輝きだす。私は彼女の『魂』を優しく包むように——そっと、エリスの『魂』を結界石の中に封じ込めた。
「………………」
ナーディアさんは黙ってその様子を見ていた。私は結界石を大事に懐に抱え込む。ああ、エリス、君はここにいるんだな——。
「……セイジ……」
ふと、誰かの手が伸ばされた。私はその手を払いのける。誰も、誰もエリスに触らせてなるものか——。
どのくらいの時間が経っただろうか。
私は、エリスの遺した白い杖と黒いカバンを身につける。
あと——
——『わあ……うん、そうなの。セイジとの思い出の花なんだあ』——
——彼女の好きだった、ヘザーの花をあしらったブローチ。何気ない日常。何気ない言葉。それを大事に思っていてくれた彼女。
「……はは……エリス……君は、私が……必ず…………」
私はエリスの焦げた服からブローチを取り外し、懐にしまった。そして立ち上がり、フラフラと歩き出す。
「…………——、————?」
誰かが何かを言っているような気がする。だが私はその声に応えることなく、エリスを抱きしめ歩き続けるのだった。
†
どのくらい歩いただろうか。疲れ果てた私は、岩場の陰で横になる。
————…………。
——これは夢だろうか。暗く、何もない世界。
しかしその場所には、一人の胎児が横たわっていた。
(……まさか、ライラか?)
まるで明晰夢を見ているような感覚。私は座り、その胎児をジッと眺める。
その時だ。ふと、声が聞こえてきた。
「やあ。君がこの空間の持ち主だね?」
私が虚ろな目で声の方を見ると、その者はいた。
長い緑髪を後ろで束ね中性的な顔付きをしたソレは、杖をつき私の横に立っていた。
「……君は?」
「僕かい? 僕はこの杖の力の概念。本来、この身体の持ち主の『魂』を封じ込めておく役割を担う者さ」
「……言っている意味が分からないのだが……これは、夢なのか?」
ただ、夢にしては目の前の胎児からは妙に生命力を感じる。私の疑問に、その者はかぶりを振って答えた。
「……夢、ではないね。いや、君にとっては夢みたいなものか? ただ、この空間は確かに君の中に存在し、この赤子は確かにここで生きている」
「……そうか。ライラは、生きているんだな」
エリスに託された、私たちの子。ライラは、生きている。
「ライラちゃんっていうんだね。彼女は無事、生きているよ。まったく、とんでもないことをしてくれたもんだね」
「……とんでも、ない?」
「そうさ。僕は本来、『魂』だけに干渉する存在なんだ。それがどうだ。空間は作り上げられ、僕はここを管理しなくてはならなくなった。大変だよ」
駄目だ、話が見えてこない。私は端的に知りたいことを聞く。
「教えてくれ、管理者。ライラは育ち、生まれることは出来るのか?」
その問いに管理者は、目を瞑り答えた。
「……ああ。君が生きて栄養を供給し続ければ、この子が死ぬことはない。なんたって、『魂』が混ざり合ってしまっているからね」
「……そうか……そうだな……確かに私の『魂』とライラの『魂』が、一体化してしまっているのは感じる」
私の言葉に管理者は眉を動かした。そして薄く目を開き、私に問う。
「まさか君は、『魂』が見えるっていうのかい?」
「……まあな。とりあえず質問に答えてくれ。ライラは、生まれることは出来るのか?」
「……そうだね。確約は出来ない、出来ないけど……この場所、そして君たちの魂を管理する僕の考えだと、然るべき時から君たちは『入れ替わり』の生活を送ることになると思う」
「入れ替わり、ね……なあ、その然るべき時とは?」
管理者は、優しく微笑んだような気がした。
「それはもちろん、この子が外の世界に出かける準備ができた時さ」
†
何日も歩き続けた。半ば自暴自棄になっている私は、エリスとライラのことだけを思い歩き続ける。
管理者とやらの忠告に従い、食欲はなくとも食べられるものは何でも食べた。エリスに託された、私たちの子、ライラのために。
睡眠中は、『空間』の中で管理者と話し続けた。一連の事件、エリスを失ったこと、そして、私の想いを——。
ともすれば感情的に語る私の話を、彼は黙って聞いてくれた。もし彼がいなければ、どこかで私の精神は崩壊していたかもしれない。
——そして、どのくらい歩き続けただろう。ついに私は、目的の場所へと到着する。
ブリクセン国。
すっかり平和を取り戻した街の一角にある店の扉を、私は開ける。
そこには、私の姿を見て驚く彗丈がいた。
「……どうしたんだい、誠司! いや、その白い杖は……まさか、一人なのか……?」
そう。ここは『人形達の楽園』。
私はふらつく足を踏みしめ、エリスの『魂』が入った結界石を強く握り、彗丈にお願いをした。
「……彗丈。女性の等身大の可動式人形を用意してくれ……お願いだ……金ならいくらでも出すから……」




