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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第六章
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『父』と『母』の物語・別れ 13 —別れ—






「……エリーース!」



 私は叫びながら駆け寄る。目の前で炎に包まれながら地面に落ちる人の影。


 構わず彼女を抱きしめようとする私に、遅れてやってきたマッケマッケ君の言の葉が紡がれた。


「——『水の障壁魔法』!」


 彼女を包み込む水の膜。それらは蒸発し、炎を消し去っていった。


 そこには——美しい肌は焼けただれ、弱々しく私を見るエリスの姿があった。


「…………あはは、セイジ……やったよ……もう、ドメーニカは……出てこれない……よ……」


「喋るな、エリス! 誰か、魔法を!」


 私は彼女の意識があることに安堵する。そうだ、この世界には魔法がある。致命傷でない限りは——。


「ナーディアさん、こっち! 早く、回復魔法を!」


 マッケマッケ君の叫び声が響く。やがて言の葉を紡ぎながらやってきたナーディアさんが私の反対側に座り、魔法をエリスに唱えた。


「——『傷を癒す魔法』」


 優しい魔力がエリスを包み込むのが分かる。これなら——。






 —— ボト







 私が音のした方——彼女の足元を見ると、



 彼女の足先は魔素へと還り、焼け焦げた靴が地面に転がっているのが見えた。



「…………嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ……」



 魔族は、その生命失われる時、肉体は魔素へと還ってゆく——。



 私はそっと彼女の手を握る。その指先すら、今は触れただけで壊れそうで。


 ナーディアさんは首をゆっくりと横に振り、唱える魔法を変えた。



「——『痛みを和らげる魔法』……」



「……エリス……嫌だ……私を置いていかないでくれ……」



「…………セイ、ジ…………ごめんねえ……」



 情け無く、泣きじゃくる私。彼女の肉体は、少しずつではあるが魔素へと還っていっている。


 その時、ナーディアさんは背中のものを外し、エリスに握らせた。



「エリス。アタシに『支配の杖』を使うんだ。老い先短い身だが、アタシの身体、使ってやってくれ」


「……ナーディアさん……」


 ——『支配の杖』。使用者の肉体の消失と引き換えに、相手の肉体を支配することができる魔道具。


 エリスの肉体が失われている今、彼女が助かるにはこの方法しかないだろう。


 だが——。



 エリスは唇を動かした。


「…………ありがと……ナーディア……でも……あなたには迷惑、かけられないかな……」


 そしてエリスは、私の方へと目線を動かした。


「……あのね、セイジ……お願いが、あるんだ……あなたの、身体……使わせて、欲しい……」


「……ああ、お安い御用さ。君が望むなら、私の身体、存分に使ってくれ」


 そう。エリスが望むなら、私などどうなってもいい。もしそれで、エリスが生き延びられるのなら。


 私はエリスを受け入れる。私の命とエリスの命、どちらを優先させるかなんて考えるまでもないのだから。


 私の返事を聞いたエリスは目を瞑り、言の葉を紡ぎ出した。私が不思議に思い、彼女を見守っていると——。


 彼女は私の手を、強く握りしめた。



「——『空間を繋ぐ魔法』」



 私の中に、何かが流れ込んでくる。私が支配の杖の方を見ると、彼女はお腹の上に乗せてあるそれを握りしめていた。



 ——杖は、淡く、輝いていた——



 何が起こったのか、理解できない。私の意識は、依然私のままだ。


 ただ——エリスの肉体の消失の速さは、少し増していた。


「……エリス……君はいったい、何を……」


「……あのね、私たちの赤ちゃん……セイジの中に移したから……セイジ……よろしくね……」


「…………!!」


 理解が出来ない。私が茫然とする中、ナーディアさんが口を開いた。


「……エリス。アンタ、赤子の肉体を空間魔法で……」


「……なんで……どういうことだ……」


 呻く私に、ナーディアさんは続けた。


「……ただ赤子を空間に移しても、そのままだと死んじまう。だから支配の杖を介入させ、赤子の『魂』をセイジに移したんだね。アンタの肉体を犠牲にして——」


 そこまで言って、彼女は目をつむった。『支配の杖』。相手の肉体の『所有権』を奪える魔道具。


「——乗っ取るべき肉体が二つ存在する場合、『魂』はどっちに行くのかねえ」


「……うん……どうなるかわかんないけど……うまくいく……といいなあ……」


「……エリス!!」


 そんな、そんな……それじゃあ結局、エリスは助からないじゃないか。


 見ると、エリスの下半身は既に失われていた。私は嗚咽を漏らし続ける。


「……ねえ、セイジ……私たちの赤ちゃん……男の子かなあ……女の子かなあ……」


 今、私の中にあるもう一つの『魂』。そこに目を向け、私は答える。


「……ああ、多分、女の子だ……」


「……ふふ……じゃあ、私が名前つけなきゃ、だね……よかったあ、考えておいて……」


「……教えてくれ、この子の名を……」


 エリスの瞳から涙がこぼれ落ちる。そして、愛おしそうに私の身体を見つめた。



「……あなたはねえ、『ライラ』、ライラっていうんだよ。お父さんと一緒に、幸せになりなねえ……」



「……そうか。ライラ、だな。いい名前じゃないか……」


「……よかったあ……頑張って考えたからねえ……それでね、セイジ……」



 エリスは困った笑顔を浮かべ、私を優しく見つめた。




「……ごめんねえ……『約束』……守れなくて……」




 ——『この家を、私たちの子供たちでいっぱいにするの。もしセイジがいなくなっちゃっても、私が寂しさを感じる暇がないくらいに』——




 私は彼女の言葉に、泣きながら首を横に振ることしか出来なかった。



 やがてエリスは目を瞑り——



 ——私の腕の中で、サラサラと白い魔素となって消えていくのだった。





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