『父』と『母』の物語・別れ 13 —別れ—
「……エリーース!」
私は叫びながら駆け寄る。目の前で炎に包まれながら地面に落ちる人の影。
構わず彼女を抱きしめようとする私に、遅れてやってきたマッケマッケ君の言の葉が紡がれた。
「——『水の障壁魔法』!」
彼女を包み込む水の膜。それらは蒸発し、炎を消し去っていった。
そこには——美しい肌は焼けただれ、弱々しく私を見るエリスの姿があった。
「…………あはは、セイジ……やったよ……もう、ドメーニカは……出てこれない……よ……」
「喋るな、エリス! 誰か、魔法を!」
私は彼女の意識があることに安堵する。そうだ、この世界には魔法がある。致命傷でない限りは——。
「ナーディアさん、こっち! 早く、回復魔法を!」
マッケマッケ君の叫び声が響く。やがて言の葉を紡ぎながらやってきたナーディアさんが私の反対側に座り、魔法をエリスに唱えた。
「——『傷を癒す魔法』」
優しい魔力がエリスを包み込むのが分かる。これなら——。
—— ボト
私が音のした方——彼女の足元を見ると、
彼女の足先は魔素へと還り、焼け焦げた靴が地面に転がっているのが見えた。
「…………嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
魔族は、その生命失われる時、肉体は魔素へと還ってゆく——。
私はそっと彼女の手を握る。その指先すら、今は触れただけで壊れそうで。
ナーディアさんは首をゆっくりと横に振り、唱える魔法を変えた。
「——『痛みを和らげる魔法』……」
「……エリス……嫌だ……私を置いていかないでくれ……」
「…………セイ、ジ…………ごめんねえ……」
情け無く、泣きじゃくる私。彼女の肉体は、少しずつではあるが魔素へと還っていっている。
その時、ナーディアさんは背中のものを外し、エリスに握らせた。
「エリス。アタシに『支配の杖』を使うんだ。老い先短い身だが、アタシの身体、使ってやってくれ」
「……ナーディアさん……」
——『支配の杖』。使用者の肉体の消失と引き換えに、相手の肉体を支配することができる魔道具。
エリスの肉体が失われている今、彼女が助かるにはこの方法しかないだろう。
だが——。
エリスは唇を動かした。
「…………ありがと……ナーディア……でも……あなたには迷惑、かけられないかな……」
そしてエリスは、私の方へと目線を動かした。
「……あのね、セイジ……お願いが、あるんだ……あなたの、身体……使わせて、欲しい……」
「……ああ、お安い御用さ。君が望むなら、私の身体、存分に使ってくれ」
そう。エリスが望むなら、私などどうなってもいい。もしそれで、エリスが生き延びられるのなら。
私はエリスを受け入れる。私の命とエリスの命、どちらを優先させるかなんて考えるまでもないのだから。
私の返事を聞いたエリスは目を瞑り、言の葉を紡ぎ出した。私が不思議に思い、彼女を見守っていると——。
彼女は私の手を、強く握りしめた。
「——『空間を繋ぐ魔法』」
私の中に、何かが流れ込んでくる。私が支配の杖の方を見ると、彼女はお腹の上に乗せてあるそれを握りしめていた。
——杖は、淡く、輝いていた——
何が起こったのか、理解できない。私の意識は、依然私のままだ。
ただ——エリスの肉体の消失の速さは、少し増していた。
「……エリス……君はいったい、何を……」
「……あのね、私たちの赤ちゃん……セイジの中に移したから……セイジ……よろしくね……」
「…………!!」
理解が出来ない。私が茫然とする中、ナーディアさんが口を開いた。
「……エリス。アンタ、赤子の肉体を空間魔法で……」
「……なんで……どういうことだ……」
呻く私に、ナーディアさんは続けた。
「……ただ赤子を空間に移しても、そのままだと死んじまう。だから支配の杖を介入させ、赤子の『魂』をセイジに移したんだね。アンタの肉体を犠牲にして——」
そこまで言って、彼女は目をつむった。『支配の杖』。相手の肉体の『所有権』を奪える魔道具。
「——乗っ取るべき肉体が二つ存在する場合、『魂』はどっちに行くのかねえ」
「……うん……どうなるかわかんないけど……うまくいく……といいなあ……」
「……エリス!!」
そんな、そんな……それじゃあ結局、エリスは助からないじゃないか。
見ると、エリスの下半身は既に失われていた。私は嗚咽を漏らし続ける。
「……ねえ、セイジ……私たちの赤ちゃん……男の子かなあ……女の子かなあ……」
今、私の中にあるもう一つの『魂』。そこに目を向け、私は答える。
「……ああ、多分、女の子だ……」
「……ふふ……じゃあ、私が名前つけなきゃ、だね……よかったあ、考えておいて……」
「……教えてくれ、この子の名を……」
エリスの瞳から涙がこぼれ落ちる。そして、愛おしそうに私の身体を見つめた。
「……あなたはねえ、『ライラ』、ライラっていうんだよ。お父さんと一緒に、幸せになりなねえ……」
「……そうか。ライラ、だな。いい名前じゃないか……」
「……よかったあ……頑張って考えたからねえ……それでね、セイジ……」
エリスは困った笑顔を浮かべ、私を優しく見つめた。
「……ごめんねえ……『約束』……守れなくて……」
——『この家を、私たちの子供たちでいっぱいにするの。もしセイジがいなくなっちゃっても、私が寂しさを感じる暇がないくらいに』——
私は彼女の言葉に、泣きながら首を横に振ることしか出来なかった。
やがてエリスは目を瞑り——
——私の腕の中で、サラサラと白い魔素となって消えていくのだった。




