『父』と『母』の物語・別れ 11 —決意—
「……バカ……な……」
——『凍てつく時の結界魔法』の中でも抗い、動きを見せるドメーニカ。
皆が描いた中で、最も最悪のケース、『魔法が通用しない』。
攻撃魔法はおろか、この地方最大級の力を持つ四人の魔女の力を持ってしても、ドメーニカの動きを完全には止められなかった。
ドメーニカは動きを取り戻そうと抗っている。彼女がぎこちない笑みを浮かべるたび、燻った炎が煌めき、立ち昇る。
『——どうなったの、セイジ!?』
セレスから通信魔法が入る。私は全員へ向け、通信を返した。
「——……ドメーニカは無傷だ。さらに奴は、動けない時の中でも動きを見せている……」
『——………………』
無言。誰も返事を返せない。伝わってくる絶望。
私は壁から降り立ち、エリスに問いかけた。
「エリス、動けないのか?」
「……うん。完全に構築しちゃえば大丈夫なんだけど、今の状態だと……持ち場を離れた瞬間に結界は壊れると思う」
「……そうか。よし、エリス、『結界石』を私に」
「……セイジ……」
——『結界石』。エリスの結界魔法と空間魔法の力が込められた魔道具だ。
私はエリスから結界石を受け取り、氷の壁を駆け上りながら通信を入れた。
「——皆。私が奴に結界石を試してみる。そのまま『時の結界』を維持し続けてくれ」
そう、ここで動かなければ何のための私だ。私は氷の壁の反対側へと飛び降り、ドメーニカへと向けて駆け出す。
その時、南のナーディアさんの持ち場の方から一つの『魂』が駆け寄ってきた。
「セイジ様!」
「マッケマッケ君! ナーディアさんは?」
「ええ、セイジ様の力になってあげなさいって!」
——まったく、あの人は——。
私は笑みをこぼし、結界石を強く握りしめた。
「頼む、マッケマッケ君。『水の障壁魔法』を」
「——『水の障壁魔法』!」
彼女は私に言われるまでもなく、言の葉を紡いでいた。私の身体を水の膜が包み込む。
歪に微笑もうとするドメーニカ。炎が弧を描き立ち昇る。私はクナイを取り出し彼女目掛けて投擲した。
だがそのクナイは、ドメーニカの身体をすり抜けてしまった。『厄災』サーバトの時と同じ現象だ。
「……チッ。やはりか……マッケマッケ君、ここまでで大丈夫だ。危険だから戻りなさい」
「セイジ様ぁ!」
私は速度を上げ、駆ける。はっきりと見えてくるドメーニカの顔。
その顔は、身体は、鈍く輝き、そしてその質感はまるで無機物のようだった。
(……他の『厄災』どもの方が、まだ人間味があったな)
まるで彫刻のような顔立ち。例えるなら、そう、まるで『女神』のような——。
(……ふざけんなよ)
私は結界石に魔力を込める。淡く輝き出す結界石。なけなしの私の魔力でも、魔道具の起動くらいはできる。
「……頼むぞ」
私は、跳ねた。立ち昇る炎。視界が赤く染まる。
そして私は——水蒸気をまといながら、炎を抜けた。
私は手を伸ばし、ドメーニカに結界石を押し付ける。頼む、どうにか——。
——その願い虚しく、結界石を握りしめた私の手は、彼女の身体をすり抜けた。
†
『——駄目だ……奴には結界石すら通用しない……』
誠司からの通信が皆に入る。
『——そうかい。アタシが『支配の杖』を使ってもよかったんだけどね。その様子じゃ、犬死にになっちまうか』
『——……ああ、だろうな。だからナーディアさん、変なことは考えないでくれ』
その通信魔法のやり取りを聞きながら考えこむエリスの元に、ハウメアが駆け寄ってきた。
「先輩!!」
「やあ、エリス。あっちは分身体に任せてきた。しかし、どうしたもんか。お手上げだねー」
口調とは裏腹に、真剣な表情のハウメア。その彼女を見て、エリスは微笑みを浮かべた。
「よかった。先輩、ここ変わってくれる?」
「ああ、そのつもりさ。エリス、この場は撤退しよう。ゲートを構築してくれ」
ハウメアにうなずき、エリスは場所を明け渡す。そしてエリスは——氷の壁を上り始めた。
「……!……エリス、何やって……!」
「ふふ。ごめんね先輩。でも、ここで倒さないともうチャンスがないかもしれない。だから、私に任せて」
そう言ってエリスは振り向き、ペロリと舌を出した。そして瞬く間に氷の壁の向こうへと消え去っていく。
「エリスーー!!」
ハウメアは苦渋に満ちた表情で彼女の名を叫ぶ。しかし、彼女がその声に応えることはなかった。
†
「——『水の障壁魔法』!」
「すまない、マッケマッケ君」
私はドメーニカと距離を取りながら、今後の行動を考える。
物理攻撃も効かない、魔法も通用しない。かろうじて『凍てつく時の結界魔法』だけ効果が現れているが、炎の吹き出すタイミングは速くなっていっている。破られるのは時間の問題だろう。
(……ここまでか)
撤退の二文字が頭をよぎる。ここでどうにか出来なければ、遅かれ早かれこの地方は全滅してしまうだろう。だが、現状手の打ちようがない。
ハウメアの『魂』がエリスのもとへ向かったのには気づいていた。事前の段階で話し合っていたことの一つに、『いざという時はハウメアの分身魔法でフォローする』というのがあった。恐らくはそれだ。
エリスの元に向かったということは、離脱用のゲートを構築してもらうつもりなのだろう。
——やはり、撤退か——そう私が納得しかけた時だった。
「——セイジーー!」
氷の壁の向こうから、エリスが飛び降りてこちらに駆けてきた。唖然とする私。
私は彼女の方へと駆け、声を掛ける。
「……どうした、エリス。何かあったのか?」
その私の呼びかけに、エリスはドメーニカの方を見ながら答えた。
「ねえ、セイジ。任せて、私が何とかしてみせる」
「……何とかって……」
彼女は、決意の込められた眼差しで私に答えた。
「——私が座標となって、ドメーニカを『出口のないゲート』に閉じ込める。それで全て、終わるはずだよ」
章の途中ではございますが、明日より第七部完結まで毎日投稿いたします。よろしくお願いします。




