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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第六章
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『父』と『母』の物語・別れ 09 —『厄災』ドメーニカ—





 あれから四日後。私と魔女四人、そしてマッケマッケ君は『魔女の家』の庭に作られてある『魔法国・ゲート』の前に立っていた。


 穏やかな空気。


 とてもこれから『終焉の炎』の中に飛び込むなどとは微塵も思えない、平穏な空気が漂っていた。


 セレスがエリスに話しかける。


「結構いいところに住んでるじゃない。場所教えてよ、終わったら遊びにくるから」


「ふふ。言ってくれれば今回みたいに私が迎えに行くよ。ゲートを使ってね」


 その様子を横目に見ながら、私はナーディアさんに話しかけた。


「すまない、ナーディアさん。こんなことに巻き込んでしまって……」


 私と彼女が出会ってから二十五年近く。還暦を迎えた彼女は、もう老体とも呼べる年齢だ。


 だが、ナーディアさんは腕をまくって私を笑い飛ばす。


「あはは、何言ってんだい、セイジ。本来『こんなこと』のためにアタシ達はいるんだ。アンタ達のおかげで多くの人が救われた。少しは恩返しさせとくれ」


「はは、頼りにしてるよ」


 ——まったく、恩返ししたいのはこっちの方なのにな。


 もし私がこの世界に来た時に彼女に助けられなかったら、今の私はなかったはずだ。改めて私は彼女に頭を下げた。


 その皆の和やかな様子を見てハウメアは微笑み、そして口を開いた。


「それじゃあ、みんな。最終確認だ」


 会話を止め、ハウメアに注目する一同。ハウメアは皆を見回しながらゲートの方を指差した。


「まず、魔法国へのゲートをエリスに開いてもらう。恐らく、炎が吹き出してくると思うけど——」


「うん。全員で順番に『護りの魔法』を張って、ゲートを抜ける、だね」


「そうだ、エリス。順番は事前に決めた通りだ。そしてゲートを抜け次第、全員で『凍てつく氷の魔法』をぶっ放す。出たとこ勝負だけど、それで奴の『終焉の炎』の無力化を試みる」


「了解。そしてその隙に——」


 セレスの言葉に、皆の視線が私に集まる。私は強く頷いてみせた。


「ああ、任せろ。私がドメーニカの『魂』を捉えてみせる」


「任せたよー、セイジ。そして首尾よくドメーニカを捉えられたら、各自ヤツを取り囲む。恐らくここが一番危険だと思う。ナーディア、魔力切れには注意するんだよ」


「大丈夫さ。魔力回復薬はしこたま用意してきたからね」


 そう言ってナーディアさんはウィッチマントをめくり上げた。彼女の腰と、そしてたすき掛けに掛けられたホルダーには、魔力回復薬がビッシリ差し込まれていた。


「そして配置についたら『凍てつく時の結界魔法』を発動する。ここまで成功すれば、九割がた勝利はわたし達のものだ」


 ——九割。そう、そこまで上手くいったとしても、一割は不安要素が残る。それは——。


 ハウメアは再び皆を見渡した。


「さて、セイジ。『厄災』サーバトには物理攻撃が効かなかったんだってね?」


「そうだ。エリスの魔法が効いたから良かったものの、魔法がなければ奴には絶対に勝てなかった」


 私の言葉にハウメアは頷き、目を伏せた。


「考えたくないけど、魔法が効かない、ってケースも考えられる。エリス、セレス、何かいいものは用意出来たかい?」


 その問いに、エリスは懐からキラキラした石を取り出した。


「これね、『結界石』っていうの。私の『空間魔法』と『結界魔法』の力が吹き込まれた、対象をこの石の中に閉じ込める魔道具。根本的な解決にはならないけどねえ」


「十分だ。それで、セレス。あなたの方は?」


 ハウメアの質問に、セレスは困った顔でバッグを開いた。エリスのバッグと同じく、どこかの場所に繋がっているバッグだ。


 そして彼女はバッグから一本の杖を取り出した。


「いろいろと用意はしてみたけど、使えそうなのはこれくらいね。でもね、これは使わない方がいい」


「どういうことかな?」


「……これはね、『支配の杖』って言って……その……対象の肉体を乗っ取る魔道具なの。ただし、自分自身の身体と引き換えに……」


 うつむいて説明するセレスに、私は確認をとる。


「なるほど。私の解釈だが、相手の身体に使用者の『魂』を送り込んで、肉体を支配するというものなのか?」


「……多分、そんな感じ。相手の身体の『所有権』を奪えるらしいわ」


 確かに強力な魔道具ではある。しかし、その代償は——。


「——というわけで、もしこれを使わなければならない状況になったらあーしが使います」


 セレスから『支配の杖』を奪い取り、こともなげに言うマッケマッケ君。


 驚いたセレスが、マッケマッケ君から支配の杖を奪い返そうとする。


「だめよ、マッケマッケ! あなたを失ったら——」


「——そうさ。お嬢ちゃんには、過ぎた代物んさね」


 気がつけば、ナーディアさんがマッケマッケ君から『支配の杖』を取り上げていた。マッケマッケ君が慌てて詰め寄る。


「お返しください、ナーディアさん! その魔道具は危険です、首尾よくいっても元の身体には——」


「——なら、やっぱりお嬢ちゃんにはまだ早い」


 飄々と返しながら、ナーディアさんは自身の背中に『支配の杖』を縛り付ける。そして彼女は、皆にウインクした。


「これを使うことがないよう、祈っといてくれ。ただ、使うとしたら順番的にアタシが先さ。小娘ども、異論は言わせないよ」


 彼女の迫力に、何も言い返せない魔女たち。



 ——まったく、ナーディアさん。あなたは魔女の中で一番年下だろうに——。



 私はため息をつき、その杖は絶対に彼女に使わせないよう、心に誓うのだった。







「じゃあ、開けるよ」


「——『護りの魔法』!」


 エリスの言葉を合図に、放たれる護りの魔法。それを確認したエリスは空間に手を掛け——そしてゲートは開いた。


「…………っ!」


 吹き出す熱波。燃え盛る終焉の炎。


 私たちは魔法を張り、少しずつゲート内を進んでいく。


「——『護りの魔法』!!」


 やがてゲートを抜けた先、渦巻くのは一面の炎。『防風魔法』が掛けてあるので大丈夫ではあるが、私は思わず目を細めてしまう。


「セイジ、奴の『魂』は!?」


 ハウメアの声が響く。


 その私は——震える声を絞り出した。


「……ないんだ」


「……えっ?」


 目を細めた先に、その者の姿はあった。なのに、なのに——。


 私は息を呑み、震える指で彼女を差し、皆に告げる。



「……聞いてくれ……奴には『魂』がない。これは一体……どういうことだ……?」



 震える指の先、まだ遠くにいる『魂』のない少女は——




 ——こちらを向き、その顔に『微笑み』を浮かべていた。




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