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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第六章
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『父』と『母』の物語・別れ 08 —『炎』—





 それは『厄災』ヴェネルディを消滅させてから二ヶ月程経ったある日のことだった。


 寒さも厳しい真冬の日。サランディアの街を訪れていた私たちに、その凶報は告げられた。




「——待て、ノクス。『炎』だって……?」


「ああ。魔法国跡地……『厄災』サーバトがいた場所だ。何でもあそこを中心に、巨大な炎が渦巻き始めたみたいだ。正確な状況は各国と『通信魔道具』で確認し合っている最中だがな」


 絶句。私とエリスは目を合わせる。


「……『厄災』……ドメーニカか……」


「……うん……多分、そうなんだろうね……」


 沈黙。元より懸念していたことではある。『厄災』達はイタリア語の曜日を名乗っていた。日曜日である『ドメーニカ』が現れるのも必然的な流れだ。


 口も開けない私たちに、ノクスは申し訳なさそうな顔を向けた。


「そんでだ。ブリクセンのハウメアさんから『エリスとセイジに顔を出すように伝えてくれ』って言伝を受けている。すまねえな、セイジ、エリスさん。話だけでも聞きに行ってくれねえか」







 ブリクセン国。


 ノクスから話を聞いた私たちはその足でゲートを通り抜け、ハウメアのいる『魔女の城』へと向かった。


 通された貴賓室。そこでハウメアは、頭を抱えていた。



「——最悪だよ、エリス、セイジ。恐らく……最後の『厄災』が、現れた」


「……ああ、聞いたよハウメア。『炎』が渦巻いてるんだって?」


「そう。そしてそれは、徐々に広がりを見せている——」



 ——ハウメアから、今把握できている現在の状況を聞かせてもらう。



 それに気づいたのは、数日前。ブリクセンの国境南方面に、突然、炎の壁が現れた。


 どこまで続いているか、まるで見当もつかない炎の壁。その壁は、ものすごい速さで流れていたらしい。


 ブリクセンは早速、エリスの用意した『通信魔道具』で各国と連絡を取り合った。皮肉にも、先日の『光の雨』対策で連携を取り合っていたのが功を奏した形だ。


 そして各国の情報を統合した結果、炎の壁は魔法国北部を中心に渦巻いていると推測された。


 更に、その炎の壁は先ほども言っていたように少しずつ各国に迫ってきているらしい。私はハウメアに尋ねる。


「……ちなみに、猶予は?」


「……そうだねー。あくまで現時点での推測になるけど、今の速度だと一週間。一週間もあれば、うちの国境を越えてくるだろうね」


 渦巻き、迫り来る炎。私は元の世界で過去に大地震の際に発生したという、『火災旋風』という現象を思い起こす。


 その時は甚大な被害が出たはずだ。まさに『厄災』。それが、この地方全体を飲み込もうとしているのか。


 そして、期限は一週間。住民を避難させるとしても限界がある。その間に何とかして炎の中心部に近づき、元凶を取り除かなければならないだろう。だが——。


 私がそのように無言で考え込んでいる時だ。エリスがポツリと、つぶやいた。


「……ゲート」


「……エリス?」


 尋ね返す私に、エリスは強く頷いた。


「ゲートだよ。この前サーバトを倒した時に、魔法国の近くに作ったじゃん。私なら、直通で行ける」


「待て、エリス。君は身重だ。無理は……」


 引き止めようとする私に、エリスはニッコリと微笑みかけた。


「ううん、セイジ。今ならまだ問題なく戦えるから。それに、私たちの子供には平和な世界を見せてあげたいじゃん?」


「エリス……」


 微笑みの裏に秘められた彼女の決意を感じ取り、言葉を返せない私。


 やがて唇を噛み締め葛藤する私の代わりに、ハウメアが口を開いた。


「……悪いね、エリス。どう考えてもあなたの『ゲート』は、必要だ」


「うん、任せて!」


 ハウメアは目を伏せて、続ける。


「ま、ここであなた達だけを働かせたら、あとでセイジに何言われるか分からないからね。わたしも同行するよ」


「「ハウメア!?」」


 驚くのはそばに控えていたヒイアカとナマカ、そしてエリスだ。その様子を気にすることなく、ハウメアは目を開く。


「ただし、苦手な炎の中、わたしだけ動くのは勘弁だ。各国にも応援を要請する。セレスに、あとはナーディアだったか。四人で一気に、かたをつける」


「ハウメア、それって……!?」


 何かを察したエリスの顔を見ながら、ハウメアは口角を上げた。



「——うん。『凍てつく時の結界魔法』だ。一週間以内に、この地に渦巻く『終焉の炎』を終わらせてみせる」








 人払いをした貴賓室。そこで魔女二人は話し合う。



「……ごめんね、エリス。今まであなたには十分働いてもらった。本音を言うと、もう、戦うことなく休んで欲しかったんだけど」


「んーん、いいんだよ先輩。あのね、実際にみごもってみてわかったよ。私はね——」


 エリスは自分のお腹を、そっとさすった。



「——この子のためなら、何だってできる」



 その様子を見たハウメアは、優しく微笑んだ。


「ふふ。エリス、いつまでも学生の頃から変わってないと思っていたのに、すっかりお母さんになっちゃったね」


「どう、羨ましい?」


「あはは。わたしには荷が重すぎるよ」


 肩をすくめたハウメアは、エリスを優しく見つめた。


「なるべく、あなたには負担はかけないようにする。ゲートでわたし達を送り届けたら帰ってもらってもいい」


「えー、セイジも一緒にいいの?」


「……いや、彼は切り札だ。置いていって欲しいかなー……」


 苦笑をするハウメアに、エリスはペロリと舌を出して答えた。


「じゃあ私も戦うよ。あの人あってこその私だもん。だから先輩、心配しないで」


「ああ、すまないね、エリス——」


 ハウメアは強く頷いた。


「——今回ばかりはわたしも本気でいかせてもらう。真冬はわたしの場所フィールドだ。速攻で、ケリを着ける」








 エリスがハウメアと話があるということなので先に城をあとにした誠司は、最近頻繁に訪れる機会の多い『人形達の楽園』を訪れていた。


 彗丈が何か情報を持っていないかと期待して訪ねてみたのだったが——結局、ハウメアから聞いた以上の話は出てこなかった。


 少し肩を落としながら退店する誠司。彼を見送った彗丈は、苦しい顔をして椅子に腰掛ける。



「……知らないんだ、本当に……あの『ドメーニカ』が、復活するだなんて……」


 彗丈は念の為、魔法国にある人形にアクセスしてみる。定期的に『観覧』はしていたが、そこの者たちは滅多に外へとは赴かないし、移動するとしても『転移陣』を使ったものだった。


 そして、今見る様子から察するに——彼らはまだ、地上で起こっていることに気づいてはいない。


 彗丈は目を開け、深く息をついた。



「……誠司、気をつけろ。僕でさえ知らないことが、今、この地方で起こっている」



 彗丈は知っていた。六体の『厄災』はヘクトールの手によって生み出されたことを。


 そして——今現れている『厄災』ドメーニカは、ヘクトールの思惑を超えていることを——。



「——『厄災』ドメーニカ。今までの『厄災』とは別物だ。誠司、そしてエリスさん……必ず無事に、帰ってくるんだぞ……」





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