『父』と『母』の物語・別れ 07 —神様がくれたご褒美—
†
「——『空間を削る魔法』!」
「——……グ、ギ、ギャアアァァッッ……」
ここは風鳴りの崖。到着するなりエリスは、復活したヴェネルディを粉微塵にした。
「セイジ、よろしくー」
「……はは、分かった」
—— 斬
奴の『魂』を斬り消滅を確認する私。同行しているハウメアは、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「相変わらずだねー、エリス。魔法であなたに敵う奴なんていないんじゃない?」
「えー。冬場の先……ハウメアに勝てるわけないじゃん」
——一年近く前にハウメアが消滅させた『厄災』ヴェネルディ。だが私たちが懸念していた通り、ここブリクセンに再び風は吹き始めた。
要請を受けた私たちはハウメアに同行。そして無事、奴の『魂』の消滅に成功したのだ。
帰りの馬車の中、ハウメアは私たちに微笑む。
「いやー、それにしてもありがとねー。あなた達のおかげでこの『国』は救われた。もう大丈夫だろう」
「……まったく。それだけの力を持っているんだから、是非この『トロア地方』のためにも力を貸して欲しかったんだがね」
「ふふ。いいのよ、セイジ。救援物資には助けられたし、そもそもハウメアってそういう人だから」
「ひどいなー、エリス。ま、否定はしないけど」
笑い合う女性二人。かく言う私もぼやいてはいるが、国家元首として自国を優先するのはある意味正しい姿なのかもしれない。
「まあ、たまには外に出るのもいいもんだねー。セイジからいろいろ面白い話も聞けたし」
「うん、エリスで慣れているからな」
「ふふーん。ハウメア、セイジって物知りでしょ?」
この道中、ハウメアには興味本位でたくさんのことを聞かれた。主に、元の世界の話を。
エリスと同じく、特に彼女は花の名前に興味を示していた。きっとどこの世界でも女性はそんなものなのだろう。
その時だ。エリスが口を押さえながら、一つの言の葉を紡いだ。
「…………——『毒を無くす魔法』……」
異変を感じたハウメアが御者に馬車を止めるよう指示をする。私がどうしていいか分からずに困惑していると、エリスは馬車を降りた。
私は慌ててあとを追う。
「大丈夫か、エリス!」
彼女は、えずいていた。駆け寄る私を手で制し、しばらくして彼女は立ち上がった。
「……はは、ごめん、セイジ。なんだか急に気持ち悪くなっちゃって……おかしいなあ、馬車酔いはしないんだけどなあ……」
エリスがこんなことになるなんて珍しい。それにこの世界のウイルスや細菌由来の病気は、先ほどの『毒を無くす魔法』で大抵治ってしまうのに——
——いや。私の中に、ある一つの予感がよぎり、注意深くエリスを観察する。
そこには——
私は信じられず、何度もエリスの『魂』を確認する。
「……どうしたの、セイジ?」
エリスは不安そうな顔を私に向ける。私は震える声を絞り出した。
「……ったぞ、エリス」
「えっ?」
尋ね返すエリスの顔を見て、私はゆっくり、喜びを噛み締めながら彼女に告げた。
「やったぞ、エリス。今、君のお腹の中に、一つの小さな『魂』が宿っている」
「………………!!」
口を両手で押さえ、涙ぐむエリス。私はたまらず彼女を抱きしめた。
「ああ……ようやくだな、エリス! 私たちに子供ができたんだ!」
「……ほんと? 本当なの、セイジ……私たちに……子供が……?」
私に抱きしめられながら、エリスはお腹をさする。私はエリスを解放し、エリスと彼女のお腹にある『魂』をじっと見つめた。
(……ああ……涙を流すなんて、いつぶりだろうな……)
私はぼやけた視界で、再び彼女をそっと抱きしめるのだった。
†
「じゃあ、お二人さん。幸せな家庭を築くんだよー」
「もう。ハウメアも引きこもってないで、結婚したらー?」
茶化すハウメアに、エリスは笑いながら返す。ブリクセンに到着した私たちは、ハウメアに見送られゲートを通り家へと戻った。
「ふう。これで『厄災』も全部倒したし、私たちに子供もできたし、めでたしめでたしだね!」
「はは、そうだな。頑張った私たちに、神様がご褒美をくれたのかもな」
一連の『厄災』により犠牲となった者たちの数は決して少なくはない。
だが——私はともかく、エリスは頑張った。彼女が各地を駆け巡ったからこそ、きっと失われるはずだった多くの人々の命が救われたに違いない。
「ねえねえ、セイジ。お腹の赤ちゃん、男の子かな? 女の子かな?」
「うーん……いや、まだ分からないな」
「じゃあさ、男の子だったらセイジが名前考えてよ。女の子だったら私が名前考えるからさ!」
「あはは。ずいぶんと気が早いな、エリス。しかしそうだね、そうしようか」
「うん、決まりね!」
微笑み合う私たち二人。
こんなにも幸せでよいのだろうか——。
だが、私はこの世界にこれて本当に良かった、心からそう思う。
——そして、私たちは目を逸らす。
最悪の可能性、最後の『厄災』、ドメーニカの存在から——。
†
今の誠司たちは『彼女の物語』を知らない。
千年前を発端とする、『ドメーニカの物語』を——。
——魔法国跡地地下。
もしも誠司の『魂』を見るスキルが地下深くにも有効であった場合、魔法国を訪れた際にそこで蠢く悪意にも気付けたのだろうが——残念なことに、彼のスキルの探知範囲は『半円状』に近いものだった。
そして、そのヘクトールという悪意が居る地下よりももっと深く。ドメーニカが『種』として封印されている場所。
そこで起きたことは、誰も知る由もない。当のヘクトールでさえも。
以前、『魔王』オルクス——いや、『厄災』サーバトが『種』を守る結界を破るために放った光線。
その結界には確かに、亀裂が生じていた。
そのわずかに入った亀裂から、ドメーニカの『滅びの力』は漏れ出て、やがて一つの個体を形作る。
その個体は起き上がり、意思を持ったように地上を目指し始めた。
それは、少女ドメーニカの姿を借りた『滅びの力』の一端。
やがて地上に降り立った『滅びの女神の断片』——後に「『厄災』ドメーニカ」と呼ばれることになる、少女の姿をした彼女は——
——世界を滅ぼすため、その顔に『微笑み』を浮かべた。




