『父』と『母』の物語・別れ 04 —そして次の戦いへ—
「ありがとうございます、エリス様、セイジ様!」
「……んもう、そういうのやめてったら!」
ルネディが消滅し、久しぶりに平穏を取り戻した集落。
エルフ族の建物の造りは頑丈ではない。きっと皆が眠れぬ夜を過ごし続けていたのだろう。気持ちは分かるが——。
——そう。今、私たちの目の前には、集落総出で私とエリスに平伏をするエルフ族の姿があるのだった。
エリスが困った顔で私に囁く。
(……もう、セイジ。なんとかして!)
(……ンンッ! まあ、言ってみるよ)
「……ええと、皆、聞いて欲しい——」
頭を掻きながら口を開く私。だが。
「——セイジ様がお話になられるぞ!」
「——ああ、セイジ様……」
「——静粛に。皆、一言一句聞き逃さぬよう……」
あ、これは駄目だ。彼らは更に頭を深く下げてしまった。私はエリスの方を見て肩をすくめた。
エリスは私の方を恨めしそうに見るが、やがてエルフ達に向き直り、咳払いをして語り始めた。
「コホン。あなた達の感謝は分かりました。でも、私はエリス。あなた達と同じ森を住処とする、ただの一人の魔族なんです。困った時に助け合うのは当然です。ええと、だから皆さん、私にはそんな態度じゃなく、出来れば仲良くして欲しいのです。そうしてくれると、私は嬉しいです」
顔を赤らめながらお願いをするエリス。それを聞いたエルフ達は——
「ハハーッ!」
——頭がめり込むほど平伏しだした。中には感極まって泣き出す者までいる。
まったく、やりづらいったらありゃしない——私とエリスは顔を見合わせ、苦笑いをするしかなかった。
†
「じゃあ、何か困ったことがあったら私の家に来てね。いつでも歓迎するよ!」
「そ、そんな、御恩もお返し出来ぬうちにエリス様を頼りにする訳には……!」
引き攣り笑いを浮かべながら半ば強引に『魔女の家』の場所を教えるエリス。そのような妻と集落の長ナズールドとのやり取りを眺めながら、私はとある『魂』を探した。
(……あの『エルフ君』はどこだ?)
ルネディを討つために、共に森を駆けたあのエルフ君。せめて名前と、お礼くらいは言いたいのだが——今この集落に、あの『気高き魂』の持ち主はいない。
いや、似たような『魂』はあるが——。
「……ひゃう!」
私がそちらの方を見ると、彼女は慌てて引っ込んでしまった。この集落に来て以来、彼女の『魂』は私たちのことをずっと遠巻きに見ていたという印象がある。
だが、あの『気高き魂』とは似ても似つかない、とても弱々しい『魂』だ。魂の形は似ているので、親族なのだろうか。
(……まあしかし、あの『エルフ君』が居ればこの森は安泰だな)
世の中、どこに強者がいるか分かったものではない。縁があればまた会う日も来るだろう。そしていつかまた、彼女と共に戦場を駆け巡りたいな——。
私は心の中で『気高き魂』のエルフ君に別れを告げ、月の集落をあとにするのだった。
†
サランディアに平和が訪れた。
数日ほど経過を見たが、あれ以来この地を『影』が覆うことはなくなった。
私とエリスは飛び回り、各地に情報を共有する。そしてそのついでに妖精王に用意してもらった『通信魔道具』を、各国二つ、国の中枢部と冒険者ギルドに寄贈した。
「これで回線繋げば、国同士でやり取りできるね!」
「ああ、その為にも早く『厄災』をなんとかしなきゃな」
さすがに長距離間通信、ある程度の中継地点を作らなければならないらしく。『厄災』を払い、各地に平穏をもたらすのが先決だ。
「でも、サランディアが平和になったからスドラートや魔法国南部の救援も少しは進むかな?」
「そうだね。ただ、限界はあるだろう。やはり根本の原因を取り除かなくてはな」
「うん、じゃあ行こっかセイジ」
「ああ、エリス」
こうして私たちは、各地の『厄災』を払う旅に出ることになる。まずはスドラート地方。彗丈からの情報では『『厄災』メルコレディ』を名乗る者がスドラートの海辺にて目撃されたらしい。
(……待ってろよ……必ず、滅ぼしてやる)
『厄災』の名前から予想される七体の内の、まだ一体しか倒していない。
恐らくはあと六体。私は私の『魂を見る』能力で奴らを必ず見つけ出し、このエリスの住む世界を平和にしてみせると決意を新たにするのだった。




