『父』と『母』の物語・異変 08 —『風』—
その夜、私たちはセレスの住む『魔女の邸宅』に泊まることになった。
大掛かりな工事で時間が掛かってしまったこと、前日は満月を警戒してあまり眠れていなかったこと、加えて今の時間は月が出ているので帰宅を避けた形だ。
私はセレスの世話になるのが気に食わなかったが——
『やった! ねえ、セレス。こんな時だけど、久しぶりにゆっくり話そうねえ』
『うふふ、変わっていないわね、エリス。あなた、お喋り好きだものね』
——嬉しそうな表情をするエリスを見ると、反対することは出来なかった。
それに悔しいが、セレスの振る舞いを見ていればわかる。彼女は誰にでも優しく、他人想いで、慕われるに値する人物だということを。
どうやらセレスは、なぜか私だけを目の敵にしているみたいだ。
そんな訳で私はそそくさと退散し、あてがわれた部屋で不貞くされている次第である——。
そして夜半過ぎ、エリスは戻ってきた。
「お帰り、エリス」
「ふう、楽しかったあ! せっかくだからセイジも一緒だったら良かったのに。何で戻っちゃったの?」
「はは……」
彼女の楽しそうな顔を見ると、何も言えない。私に対する態度はどうあれ、エリスにとってセレスは間違いなく親友なのだろうから。
「……いや、せっかくなら親友同士、ゆっくり過ごしてもらおうと思ってね」
「もう、気にしなくていいのに。あのね、セレスね、セイジのこと、とても気にしてたよ?」
「……は?」
待て。どういうことだ? 理解が及ばない。
「気にしてたって、何を?」
「うーん、セイジの好きなものとか、誕生日とか……あ、そうそう、例の火竜戦のあと大丈夫だったのかって、今でも心配してたよ? ふふ、セレスらしいなあ」
口元を押さえて笑うエリス。私の頭の中は疑問符でいっぱいだ。
だが、まあアレだろう。きっと彼女もエリスの前で私の悪口は言いたくないのだ。私もわざわざエリスにセレスの悪口は言いたくない、それと同じように。
「そうそう、セレス、お洒落さんになってたよねえ。びっくりしちゃった!」
「……ああ。私と最初に会った時、確か彼女は体操服を着ていたな」
「あはは、セレスらしいなあ。それが、あんなちゃんとしちゃうなんて変わるもんだねえ」
そうだ。先日会った時も今日も、彼女は落ち着いた感じのドレスで着飾っていた。体操服が異常かと思っていたが、エリスの話を聞く分には本来はそっちが彼女にとって当たり前の服装のようだ。
「まあ、疲れただろう。今日は早く寝なさい。私も寝る前にトイレに行ってくる」
「行ってらっしゃーい!」
私はため息をつきながら部屋を出た。『東の魔女』セレス。何故か私は嫌われてしまっているが——エリスとはどうか、このまま仲良くやって欲しい。
と、そんなことを考えながら歩いていた時だ。物陰の『魂』の動きを感知し、私の脳が警鐘を鳴らす。
——パスッ
私の顔の横を、一発の銃弾が通り抜けた。私は身を屈め、殺気を解き放った。
「……おい」
放たれた殺気に相手の『魂』は一瞬震えたが、すぐに持ち直したようだ。その人物は、物陰から姿を現した。
硝煙の立ち昇る小銃。音がしなかったのは『防音魔法』か。
やがてその女性は私に近づき、冷たい視線を浴びせかけた。
「あら。よく避けられたわね」
「……ふざけんなよ。冗談じゃ済まされないだろう……?」
その女性——セレスは怒りを露わにする私の様子など気にすることなく、すれ違いざま私に小声で囁いた。
「……エリスのこと……絶対に、幸せにしなさいよ」
思いがけない彼女の言葉に、私の胸が打たれる。そうか、もしかしたらセレスは——
——彼女からエリスを奪った私に、嫉妬をしているのかもしれない。
私は、宣言する。
「……ああ、言われるまでもないさ。絶対に私が、幸せにしてみせる」
「そ。よろしくね」
彼女は私の顔を見ることもなく、銃をクルクルと回しながら邸宅の奥へと消えていくのだった——。
†
翌日。
私たち二人は『魔女の家』に戻り、今度は『ブリクセン・ゲート』の前に立つ。
風が吹いていたブリクセンの様子も気になるし、何よりあの時の彗丈の言葉、
——『君たちも、何か『異常気象』みたいなことが起こったらすぐに僕に教えてくれ』
それを思い出したからだ。
「——『風を防ぐ魔法』」
エリスの防風魔法が私を包み込む。各地の状況がアレなのだ。一ヶ月以上前の時点ですでに風にさらされていたブリクセンが今どうなっているのか、検討もつかない。
「……じゃあ、開けるよ、セイジ」
「……ああ」
私たちは身構える。ゲートを開いた瞬間に突風が吹き荒れるかもしれない。魔法が掛かっているので大丈夫だと思うが——。
「せーのっ!」
私とエリスは恐る恐る目をあける。何も起こらない。いや、お決まりのアレは……?
私たちは首を傾げながら、ブリクセンへと続くゲートを潜り抜けるのであった。
†
ブリクセンの街並みは、私のよく知る平和な光景が広がっていた。風は時たま吹くが、いたって穏やかな風だ。
私たちは状況を聞くために、彗丈の店『人形達の楽園』の扉を開ける。
店内にいた彗丈は私たちの姿を確認すると、店のプレートを『閉店』へとひっくり返した。
そして私たちに席を促す。
「……待っていたよ、誠司、エリスさん」
「……彗丈、風は止んだのか?」
私は席に座りながらも、待ちきれずに本題を切り出す。それを聞いた彗丈は、神妙な顔つきで私に答えた。
「……ああ。ブリクセンの『厄災』は、ハウメアが『倒した』よ」
「……待て、彗丈。『厄災』だって? それに『倒した』とは……」
話が見えてこない。確かに一連の各地で起こっている現象は、『厄災』と称するべき事象ではあるが——。
彗丈はゆっくり、言葉を区切りながら私たちに伝えた。
「——そう、『厄災』だ。各地に起こっている異変、それは、『厄災』と呼ばれる者たちによって引き起こされている」




