『父』と『母』の物語・異変 06 —『砂』—
魔女の家へと戻ってきた私たちは、その足で庭にある別のゲート、『オッカトル・ゲート』の前に立つ。
そしてエリスはゲートを開き——
「うあっぷ!」「うひゃっ!」
——突然、ゲートから砂まじりの風が吹き出してきた。慌ててゲートを閉じるエリス。
私たちは砂まみれの顔を突き合わせた。
「……エリス。もしかしたら……」
「……うん、とりあえず行ってみようか……」
嫌な予感しかしない。私たちは『防風魔法』をその身に掛け、改めてゲートを開いたのだった——。
†
「……これは……」
「……うそ……だよね……?」
目の前に広がるのは、一面の砂漠。
ゲートを通った私たちが見たものは、私たちの知る草原の生い茂っていた大地ではなく、砂に覆われ砂塵が舞う変わり果てたオッカトルの姿だった。
茫然と立ち尽くすエリスに私は声をかける。
「……エリス、とりあえず街に行こう」
「……う、うん」
オッカトルの首都であるケルワンへと入った私たちは、更に言葉を失う。
予想は出来ていたが、街の中も砂、砂、砂——。砂嵐が吹いていないのは、結界の効果だろうか。
当然ではあるが、街に活気はない。時たますれ違う人も、顔に布を巻きつけてうつむきながら歩いている。
街の住民とおぼしき『魂』は家の中にあるが——これでは何もできないだろう。この状況下、流通は機能していないに違いない。店も開いているのかいないのか分からない状態だ。
無言で歩く私とエリス。やがて私たちはセレスさんの住処であるという『魔女の邸宅』に着き、その門を開くのだった。
「どうぞ、こちらです」
使用人に通された部屋。そこではセレスさんと彼女の従者らしき人が難しい顔を突き合わせていた。従者の人は見覚えがある。確か火竜戦の時にセレスさんと一緒にいた人だ。
エリスはセレスさんとは親友だと言っていたな——。私は一歩下がり、エリスを前に出した。
やがて顔を上げたセレスさんは、エリスの姿を見て顔を綻ばせた。
「いらっしゃい、エリス! 久しぶりじゃない!」
「うん、セレス、久しぶり!」
手を握り合って微笑み合う二人。セレスさんは目を潤ませながら口を尖らせた。
「もう! 結婚したんでしょう? なんで結婚式呼んでくれなかったの!?」
「あはは……ほら、あまり大事にしたくなかったから式挙げてないんだ。いま紹介するねえ」
「あら、そちらが——」
セレスさんが後方にいる私の方に首を伸ばす。私はセレスさんに一礼をした。
「やあ、久しぶりだねセレスさん。覚えているかな? あの時はありがと……う?」
なぜだか膝をついて崩れ落ちるセレスさん。その目は虚ろだ。彼女の様子を心配したエリスは、腰を落としてセレスさんに声をかける。
「ちょっと、セレス! だいじょうぶ!?」
「…………あの、エリス? もしかして、彼が…………?」
「う、うん。そう、私の旦那のセイジ。確か、会ったことあるんだよね?」
沈黙。セレスさんはエリスの問いかけに答えず、何やらブツブツとつぶやきながら立ち上がった。そしてフラフラとテーブルの傍に置いてあるバッグに手を伸ばし——そこから狙撃銃を取り出した。
彼女の銃口がエリスを狙う。
「セ、セ、セレス、なに、なんなのっ!?」
驚き反射的に手を上げるエリス。状況が全く分からない。待て、親友だって言ってたよな?
だが、やがてセレスさんはかぶりを振りながら銃口を下ろした。ふうと息を吐くその場にいる面々。
しかし次の瞬間、下ろした銃口は私に向けられた。
「ま、待てセレスさん! どうした!?」
「……もう、こうなったらっ……!」
——スッッパーンッッ!!
どこから取り出したのか、従者の女性のハリセンの強烈な一撃がセレスさんを打つ。フラッと倒れそうになる彼女。それを見た従者の女性は、セレスさんを脇に抱えて駆け出した。
「すいません、すぐ戻るんでお待ちくださいっ!」
「……あ、ああ?」
退室する女性二人。私とエリスは顔を見合わせた。
「……エリス。彼女……親友……なんだよな?」
「……う、うん。もしかしたら、先に結婚したの気にしちゃってるのかも……」
彼女の奇怪な行動に、理解の及ばない私たち。その後、従者の女性が戻ってくるまで二人して首を傾げ合うのだった。
†
「お待たせしましたあ。すいません、セレス様、ちょっと体調が優れないみたいで」
従者の女性がゲッソリとした顔つきで戻ってくる。私たちはセレスさんの心配をしながら、自己紹介を交わした。
彼女の名前はマッケマッケ。その名前は聞き及んでいる。確かセレスさんの右腕とも称される優秀な人物だ。
そんな彼女は、私とエリスの顔を見比べて時折ため息をついていた。何かあったのだろうか。
やがて彼女は気を取り直した様子を見せ、話を切り出した。
「失礼しました。それで、本日はどのような御用件でしょうか……?」
私とエリスは語る。サランディアとスドラートに起きた異変を——。
予想はついていたが、オッカトルに起きた『砂漠化』の異変も、サランディアの『影』、スドラートの『雪』と同じ日、同じ時刻に始まったようだ。
ひと通りの情報共有が終わった後、マッケマッケ君は頭を下げた。
「という訳で、すいません。協力したいのはやまやまなんですが……」
「……いや、すまない。オッカトルまでこんな状況になっているとは……」
幸い、ここはまだサランディアやスドラート地方ほどの人的被害は出ていないようだ。だが、流砂の発生と砂嵐によりここも完全に孤立してしまっている。水が調達できない分、下手をするとスドラートよりも状況は悪いかもしれない。
私たちは必要な時は互いに力を貸し合うことを約束し、ケルワンを後にする。
帰り道、エリスはケルワンの街を振り返った。
「……セイジの世界みたいに、通信魔道具の配置を本格的に考えなきゃねえ。今度、妖精王にお願いしてみるよ」
「ああ。少なくとも各国間で連絡が取り合えるくらいには、な」
こうして私たちは、失意に苛まれたままサランディアへと戻る。
満月の夜まで、あと二日。これ以上何も起こらないことを祈りながら——。




