『父』と『母』の物語・異変 05 —『雪』—
「——『寒さを防ぐ魔法』」「——『身を軽くする魔法』」
エリスに魔法をかけてもらい、私たちは雪の上を歩いていく。
降りしきり積もる雪。だが、おぼろげながら見える崖の上の『魔女の館』は無事なようだ。
「……みんな大丈夫かなあ」
エリスが雪に埋もれている家を眺めながら、ぽつりとつぶやく。だが、ここには村人たちの『魂』はない。どうやら彼らは『魔女の館』に集まっているようだ。影の懸念がある以上、まずは『魔女の館』へ行き状況を共有するのが最善の策だろう。
私はエリスを励ます。
「なに。ナーディアさんなら、何とかしてくれているはずだ。きっと皆、無事さ」
「……うん。そうだよね!」
私たちは進む、雪の中を。
しんしんと降り続ける雪は、容赦なくこの地を埋めていくのだった——。
†
私たちが『魔女の館』にたどり着くと、そこには雪かきをしている村の男たちがいた。
私の姿に気づいた顔馴染みの村人が声を上げる。
「よお、セイジじゃないか!」
「やあ、久しぶり。それにしても、これはいったい……」
この『魔女の館』の周りには雪がたいして積もっていない。いや、それどころかこの周辺だけ雪が降ってないのだ。
「ふむふむ。ナーディア、やるねえ。これ、『結界魔法』でしょ?」
感心した様子で周辺を観察するエリス。村人の彼は笑顔で答えた。
「ああ、そうなんだ。ナーディアさんがこの周辺に結界を張ってくれてね。俺たちは残っている雪をどかしてるって訳さ」
「ということは、皆無事なのか?」
私の質問に、彼は大きく頷いた。
「もちろんだ。ナーディアさんは俺たち村の者全員をこの館に迎え入れてくれた。さあセイジ、入ってくれ。ナーディアさんに会いに来たんだろう?」
†
館の中には、村人たちの姿があった。
この館は広い。子供から老人まで、百人を超える村人全員がこの館に避難しているのであった。
未曾有の困難の中、皆が笑顔を浮かべている。
私たちはナーディアさんに挨拶をし、彼女に招かれ別室へと移動するのだった。
私たち三人はテーブルを囲む。ナーディアさんは苦笑しながら口を開いた。
「さて、せっかく来てくれたんだ。もてなしたい所だけど、見ての通りこの村は孤立状態でね」
「……ナーディアさん、何が起こっているんだ……?」
私の質問に、ナーディアさんはフッと息を吐く。
「その様子じゃ、アンタ達んところは大丈夫みたいだね。まあ聞いとくれ。二日前の昼下がり、突然、雪が降り始めたのさ——」
ナーディアさんは語る。突然降り始めた雪。それと同時に、海が凍りついたことを。
ただならぬものを感じた彼女は、村人たちに館に避難するように指示。動ける男衆に、冬に備えて備蓄してある食料や日用品を館に運び込むように命じた。
ナーディアさんの悪い予感は当たっていた。いつまでも降り続く雪。暖房魔法を配備し終えた彼女は念の為、この館の周りに夜を徹して結界を張った。
その甲斐あって、村人は今に至るまで全員無事。彼女の機転に村人たちは救われたという訳だ——。
「……ナーディアさん。確認したいんだが、二日前の昼下がりで間違いないんだな?」
「ああ、そうさ……って、何かあったのかい?」
ナーディアさんの顔が険しくなる。その質問には、エリスが答えた。
「聞いて、ナーディア。サランディアに起きた異変を——」
情報を共有し合う私たち。どうやらサランディアを覆った『影』とスドラートに降り始めた『雪』は、同じ時刻に起こったようだ。
そしてサランディアに『雪』は降っていないし、スドラートは『影』に覆われていない。別々の場所で、同時に超常現象が起きたという訳だ。
ひと通りの話を聞いたナーディアさんは、天井を見上げて深く息をついた。
「……まいったね。国の救助を待っていたんだけど、これじゃあ望み薄だ」
あの時サラは『すぐに村や集落の皆にこのことを教えてあげて』と言っていたので、この地域の状況の把握は早いとは思うが——サランディアは現状、月の出ている間は動けない。救助は困難を極めるだろう。
エリスは目を瞑り、ナーディアさんに告げた。
「とりあえず足りないものは何とかする。大変だと思うけど、みんなに頑張ってって伝えてくれるかな?」
「……すまないね、エリス。どうやら自由に動けるのはアンタたちだけみたいだ。少しだけ助けてもらってもいいかな?」
「うん、任せて!」
——私とエリスはバッグを通って、『魔女の家』の書庫へと戻る。
そして二日をかけ必要な物を揃えた私たちは、物資を家の書庫に運び込んで再びスドラートへと戻ってきた。
エリスのバッグを通して、揃えた物資を館へと移動させる。
その作業中、エリスは悲しそうな顔で漏らした。
「……ここのみんなは助かるけど、他の村や集落のみんなは……」
「……今は深く考えるな、エリス。私たちに出来ることを、一つずつやっていこう」
「……うん」
こうして必要な物資を運び終えた私たちは、いったん『魔女の館』をあとにすることにした。
ナーディアさんは深く頭を下げる。
「何か分かったらすぐに教えておくれ。アタシに出来ることなら、なんだって力になるから」
「ああ。大変だと思うが、皆に希望を捨てるなと伝えてくれ」
「あはは。セイジ、アンタなら知ってるだろう?」
彼女は優しく微笑んだ。
「——海と共に生きる者たちは強い。心配はいらないよ」
†
私たちは複雑な表情のまま、『魔女の家』へと帰り着く。気丈に振る舞っていたナーディアさんだが、状況は逼迫している。何か手は——。
考え込む私の顔を、エリスは真剣な表情で覗き込んだ。
「ねえ、セイジ。オッカトルに行ってみない?」
「……オッカトルに?」
私の疑問にエリスは頷いてみせ、続けた。
「——あそこが無事ならみんなの避難先になるかもしれない。もしそうなら、みんなを受け入れてもらえるか聞いてみたいの。うん、きっと大丈夫。セレスは私の親友だから」




