『父』と『母』の物語・異変 03 —爪痕—
ゲートを通り、ドワーフの集落に設置してある部屋に出た私たちは警戒しながら部屋の扉を開ける。
果たして、集落は——。
「おう、セイジにエリスじゃないか」
私たちの姿に気づいたマッカライさんが近づいてくる。いたって平和そうな雰囲気だ。私とエリスは胸を撫で下ろす。
「やあ、マッカライさん、ちょうど良かった。この集落に何か異変は起こってないか?」
「異変? 何のことじゃい」
「あのね、なんか急に暗くなって。それで人の形をした影が——」
私とエリスはマッカライさんに、先ほど家の周りで起こった現象を説明する。
その話を聞き終えたマッカライさんは、険しい顔つきで頷いた。
「こっちじゃ何も起こっとらんが……ふむ、一応外の様子を見に行くか」
「……これは……」
私たちは驚愕する。
集落のある洞窟の入り口の外、まるで夕闇のような暗さの中、その外側には先ほどの人影が何体かこちらを覗くように立ち並んでいた。
——だが、扉など遮蔽物がないのにもかかわらず奴らはそれ以上中に入ってくる様子はない。
「……不気味だな」
私は思わず言葉を漏らしてしまう。入ってこないのは幸いだが、近づけば攻撃されてしまうのは先ほどの私で立証済みだ。
「……魔物じゃ、ないよね」
「ああ。奴らには『魂』もない」
そう。あの家の周囲には『魔物避け』の結界が張ってあるし、そもそも魔物と呼ばれるものには『魂』がある。どうやらこの人影は、魔物の区分でもなさそうだ。
「ううむ……取り敢えず、集落の皆に知らせんとな」
——結局、『人影』はここにも出現していた。
私とエリスは更に困惑しながら、佇む『人影』を見つめるのだった。
†
ドワーフ達と私達は『人影』への対処法を話し合った。
入り口には出来るだけ『灯火の魔法』を貼り付けておくこと。見張りを立てておき、警戒を怠らないこと。もし動きを見せた場合、集落へ続く道をすぐに塞ぐこと——。
彼らドワーフ族の好意に甘え、今晩、私たち二人はこの集落に泊まらせてもらえることになった。ありがたい。
そして、不安に怯えながら皆が寝静まった夜半過ぎ——見張りの言伝を聞いたドワーフが、私たちの元へとやってきた。
「エリス、セイジ、起きてくれ!『人影』が……!」
私たちは洞窟の入り口に駆けつけ、茫然とする。
「……いない……」
そう、真夜中を過ぎた頃、『人影』は急に姿を消したそうだ。外の暗さは相変わらずだが——。
「……いや、そうか。確か今は半月、上弦の月だったな。この時間には沈んでいるか……暗くて当然だな」
私たちは『人影』がすっぽりと抜け落ちた闇を、ただただ見続けるのだった。
†
翌朝。
結局昨夜は、あれ以降『人影』が現れることはなかった。
私とエリスは家へと戻り、周囲を確認する。
「……何も変わったところはないね、セイジ」
「……ああ」
予想はしていたが、家に入られた形跡もなければ庭が荒らされた様子もない。奴らはただ、そこに突っ立っていただけだったのだ。
「エリス、街の様子を見に行こう」
「そうだね。無事だといいけど……」
——そこで私たちは、この事象がまさに『厄災』だと思い知らされることになる。
†
街は、厳かな空気に包まれていた。
うつむき、すすり泣きながら歩く人の姿が見られる。
私とエリスは状況を察し、言葉を発せない。そのことを確かめるために、私たちはノクスがいるであろう城へと向かった。
城は慌ただしい様相を見せていた。駆け回る兵士、訪れる悲痛な表情をした街の人——。
これは会うのは難しい、と思うが非常事態だ。どうにかしてノクスに会えないかと思案していたところ、私たちの姿に気づいた兵士の一人が駆け寄ってきた。
「セイジ様、エリス様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
どうやら私たちが来ることは見越されていたようだ。この国の後見人であるエリス、彼女ならこの異常事態に動くかもしれないと。
私たちが通された部屋には、サラ王女と何人かの重鎮たちがいた。そしてその場の皆は、一様に沈んだ表情を浮かべている。私たちが重鎮たちと取り敢えずの挨拶を交わし終えたところで、ノクスが部屋に入ってきた。
「セイジ……エリスさん。ここに来たってことは……」
「……ああ、『人影』だ。私たちのところに現れた。もしかして街にも現れたのか?」
「……ああ」
「——ねえ、ノクス。まずはどのくらいのひがいが出ているのかを教えて」
サラが凛とした表情でノクスに尋ねる。ノクスは苦しそうに答えた。
「……現状確認できているだけでも、五百人以上の人がやられちまったみたいだ。くそ……」
ノクスは拳を握り締める。犠牲になった者たち、五百人以上。その数を聞き、私とエリスは深く息を吐いた。
サラは私たちに語りかける。
「ねえ、セイジ、エリス。あのかげについてなにか知ってる?」
「……いや。私たちもあの『人影』について調べに来たんだ。まずは私たちの身に起こったことを話そうか」
私は語る。『魔女の家』、そして『ドワーフの集落』で体験したことを。
重鎮の一人が私の話す時間軸に合わせて、この街で起こったことを説明してくれた。どうやら『人影』の出現状況は一致しているようだ。
街の中に突然現れた『人影』たち。住人たちはパニックになり逃げ出した。
運良く屋内に退避できた者は無事だったが、それ以外の者や、彼らを救出しようとした兵士たちは次々に犠牲となっていき——。
やがて話を聞き終えたサラは、私たちに確認をする。
「——それで、なんでもいい。なにか気づいたことはある?」
私とエリスは考える。突然現れ、突然消えた人影。ただ、私には一つ仮説があった。
「……あくまで、私の与太話として聞いて欲しい。人影の現れた時に起きた『皆既日食』のような現象。そして人影は『月の入り』の時刻に消失した。もしかしたら奴らは、『月』に関係しているんじゃないか?」
「ねえ、セイジ。今日の『つきので』はなんじ?」
「ああ。半月を過ぎたので、正午過ぎ……一時前ぐらいか?」
それを聞いたサラは立ち上がった。
「いそいで。まちの人たちに、そのじかんはぜったいに外に出ないようにってつたえて」
「待て、サラ。これはただの思いつきだし、何より昨日出現した時は月の出の時刻と一致していた訳では……」
「まちがいだったらそれでいいじゃん。だから、はやく!」
サラの言葉を受け、真面目な顔で頷いて駆け出していく重鎮たち。茫然とする私の肩を、ノクスが叩いた。
「俺もサラに賛成だ。もしお前さんの憶測が当たっていた場合、被害は更に広がっちまう。アナとミラも昨日は無事だったが、今日はどうなるかわかんねえ」
「ノクス……」
そうだ。言うまでもなく、この街には彼の愛してやまない妻子がいるのだ。原因がわからない現状、出来ることはやる、当たり前のことだ。
話を聞いていたエリスは、立ち上がった。
「ごめん、セイジ。私、妖精王のところに行ってくる」
「……妖精王……ああ、また急にどうして」
「あの森にはエルフさん達が住んでいるの。早くこの話、伝えなきゃ!」
西の森に住んでいる妖精王なる人物。エルフ族と懇意にしている人物だとエリスからは聞かされている。
そしてエルフ族。私はまだ会ったことはないが——。
「……分かった、エリス。十分、気をつけるように」
「ありがと、行ってくる! セイジ、街をよろしくね!」
パタパタと駆け出していくエリス。彼女がゲートを使って移動すれば、すぐに妖精王には会えるだろう。
あとは私の考えが全くの的外れで、このまま何も起こらなければいいが——。
——悪い予感は当たるものである。
勅令が出され、人々が屋内に避難した静寂の街サランディア。
そして迎えた正午過ぎしばらくして。私の仮説通り、月の出と共にこの地は再び影に覆われたのだった——。




