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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第五章
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『父』と『母』の物語・異変 02 —異変—






 私たちが彗丈の店を訪れてから一か月ほど経った、ある日の昼下がり。



 私は庭で素振りをし、エリスは木陰で本を読む。彼女と一緒になってからは当たり前にある、そんな一日だった。


 季節はもう、晩秋に近づいている。私はしっかりと汗を拭き取りながら、エリスの元へと近づいた。


「ふう。エリス、だいぶ寒くなってきたな」


 そう語りかけ、私はエリスの隣に腰掛ける。彼女は本を閉じて空を見上げた。


「そうだねえ。こういう時、何て言うんだっけ……あ、そうそう、『秋深き隣は何をする人ぞ』、だ」


「はは。いや、確かに晩秋を詠んだ句だが……よく覚えていたね」


「うん、俳句って面白いよねえ。文字数に制限をつけて情景を表わすなんて。まるで魔法みたい」


 エリスは私の肩に首を預ける。私は彼女の温もりを感じながら、エリスに倣い空を見上げる。


 ——そうだな、今晩はこちらの世界の言葉で俳句大会なんてのも面白いかもしれないな——。


 と、そのようなことを考えていた時だ。




 異変は、突然訪れた。




 一瞬にして空が暗くなる、地に影が差す。


 私は立ち上がり太陽のある方角を見るが、家の裏手にある岩壁に邪魔されて見えない。


 これに近しい現象は記憶にある。月が太陽を覆い隠す、皆既日食だ。


 ——いや、それにしては急すぎはしないか?


「セイジ!」


 エリスが叫ぶ。思考を引き戻された私が彼女の指差す方を見ると——



 ——そこには、人の形をした影が佇んでいたのだった。







 サランディア王国領、南の地、スドラートの漁村。


 この時、『南の魔女』ナーディアは村を訪れていた。


 村人と談笑するナーディア。そんな中、彼女は異変に気づく。


「……おかしいねえ。さっきまで晴れてたのに、急に雲が出てくるなんて」


 ナーディアはそう言い、ブルっと身体を震わせた。おかしい。晩秋に近いとはいえ、この寒さは一体——。


「……ナーディアさん……雪だ」


「……なんだって?」


 空を見る村人に釣られ、ナーディアが空を見上げると——確かに彼の言う通り、冷たいものがナーディアの鼻の頭に落ちてきた。


 季節外れの雪。いや、この地に雪が降ること自体——。


「ナーディアさん、大変だ!」


 漁師の男が叫びながら駆け寄ってくる。ナーディアは嫌な気配を感じ、眉をしかめながら振り向くと——男の背後には、信じ難い光景が広がっていた。


 漁師の男は息を切らしてナーディアに告げる。


「ナーディアさん! 海が……海が凍っちまった! いったい何が起きてるんですかい!?」







 トロア地方東部、オッカトル共和国。


 ここ首都ケルワンにある『魔女の邸宅』で、『東の魔女』セレスは優雅にお茶を嗜んでいた。


 魔道具から流れてくる心安らぐ音楽に耳を傾け、午後のひと時を過ごすセレス。少しはあの人に相応しい女になれたかしら——。


「セレス様ぁっ!!」


 静寂は突然破られた。ノックもせずに叫びながら部屋に入ってくるマッケマッケ。


 セレスは落ち着き払った様子で彼女を窘める。


「あら、マッケマッケご機嫌よう。でも、少し騒がしいのではなくて? 私のように淑女たる振る舞いを——」


「ああもう、それどころじゃないんですって、このスットコドッコイ!」


「スットコ?」


「外! 表を見てください、セレス様!」


 彼女の剣幕に気圧され、首を傾げながらも窓の方へと向かうセレス。そして彼女がカーテンを開けると——。


「……え? えっ? えーーーっ!?」


 吹き荒ぶ砂嵐。庭は一面砂に覆われている。セレスは慌てて窓を開けた。


「わっぷ!」


「ちょ、早く窓を閉めてくださいセレス様ぁっ!」


 部屋の中まで吹き込む砂の風を受け、セレスの口の中がジャリジャリになる。


 マッケマッケは窓が閉められたのを確認し、そっと目を開いた。


「……もう、何やってるんですかセレス様ぁっ!」


「……だってえ……何よコレぇ……」


 砂にまみれた女性が二人。


 この日オッカトル共和国は、砂に覆いつくされた——。








「……くっ!」


 目の前に現れた『人影』には、私の剣もエリスの魔法も通用しなかった。まさしく影。動きが遅いのだけが唯一の救いか。


 私は影と対峙を続ける。その時、エリスが叫んだ。


「セイジ、後ろ!」


「……は?」


 油断していた。いつの間にか現れたもう一つの人影に、私は掴み取られてしまった。


「……ぐっ!」


「——『灯火の魔法』!」


 エリスの照明魔法が辺りを照らす。その彼女の機転をきかせた魔法は、影の掴む力を若干弱まらせた。


 私も必死になって魔法を詠唱する。


「——『灯火の魔法』!」


 魔法の適性の少ない私でも扱える、数少ない魔法の一つだ。その魔法を身体に貼り付け、私はなんとか影から逃れることができた。


 私は距離を取り、エリスの元へと駆け寄る。


「ありがとう、エリス。助かった」


「うん、取り敢えず家の中へ!」


 私とエリスは家の中へと駆け込む。ひとまず時間の取れたエリスは、『空間魔法』を入り口付近に構築し始めた。人影が家の中に入ってきたら空間ごとどこかへ飛ばす気だろう。


 私は窓から様子を窺うが——。


「……入ってこないな」


「……うん」


 二体の人影は、家の前でボーッと突っ立っているだけだ。取り敢えずは大丈夫そうだが——いったい何が起きている?


 私とエリスは困惑した表情を突き合わせた。


「……エリス、何か心当たりはあるか?」


「……ううん。こんなの初めて見た……他のみんなは大丈夫かな?」


 そう、エリスの心配ももっともだ。まずはこの現象が、どこまで広がっているのかを確認したい。この家の中には他の場所へと繋がっているゲートが一つある。


 私とエリスは頷き合った。



「エリス。ドワーフの集落の様子を、見に行こう」





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