『父』と『母』の物語・二人 09 —クーデター—
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誠司を城へと送り届けたエリスは、『妖精の宿木』の入り口の扉を開ける。
雨の中、街中を我が物顔で闊歩する魔物たち。エリスは大きく伸びをし、そしてつぶやいた。
「……ふう。いっちょ、やっちゃいますか!」
白い杖を構え、魔物の群れに向かって駆け出すエリス。
——この日サランディアの街中を、伝説の冒険者『白き魔人』が駆け抜けた——。
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地下牢へと出た誠司は、うろつく魔物を斬り伏せながら真っ直ぐに王の間へと駆けていく。
「……ま、待て! 何者……!」
兵士たちは止めようとするが、彼らもそれどころではないのだ。
城内に突然現れた、無数の魔物たち——。
パニックをきたしている城内の様子を尻目に、誠司は王の『魂』を目掛けてただひたすらに駆けていく。
やがて王の間にたどり着いた誠司は、歩みを緩め状況を観察する。
王を守るように並んでいる魔物たち。壁際には魔物の存在に怯え腰を抜かしている城の者たちと、彼らを守るように立っている何人かの騎士団員。
そしてその広間の中心にいる王は——奇声を上げていた。
「あーはっはっ、終わりだ終わりだ! こんな国、滅んでしまえ!」
「……それが王の、発言かね」
誠司はゆらりと王に近づいていく。その存在に気づいたデメルトロイは、焦点の合わぬ瞳で誠司を見据えた。
「当たり前だろう? ノクスウェルは逃がした。ヒンガスは帰ってこない。あのバカ、魔物を街に出したんだってなあ!? ああ、もうダメだ、終わりだ、こうなったら全部、終わりにしてやるっ!」
その言葉に応じて、動き出す魔物たち。誠司は舌打ちをし、壁際へと向かう魔物を斬り伏せる。
「終われ、終われ、滅んでしまえ! 俺の言うことを聞かぬ国など、滅んでしまえっ! サラはどこだ? 真っ先に殺してやるうっっ!!」
立ち上がり、笑い続けるデメルトロイ。その王の言葉を聞いてしまった城の者たちは、魔物に対する恐怖とは別の感情をその顔に浮かべていた。
襲いかかる魔物を次々に斬っていく誠司。デメルトロイは笑いながら指輪を掲げた。
「もっとだ、もっと寄越せ! 限界まで出てこい、魔物たちよ! 俺だけの……ひひ、俺だけの国を作るのだあっ!!」
「……救いようがないな。終わりにしよう、デメルトロイ」
誠司は魔物を踏み台にして——跳ねた。
そして——
—— 一閃
——指輪を掲げる王の手首を、斬り落とした。
ポトリと落ちる、王の左手。焦点の合わぬ瞳で、掲げた左腕の先を見つめるデメルトロイ。
やがて。
「…………うぎゃあああぁぁぁああぁぁっっ!!」
王の悲鳴が広間に響く。それを背中に受けながら、誠司は床に転がっている左手から指輪を抜き取り、そしてそれを——破壊した。
その瞬間、魔物たちは王に襲いかかった。
逃げようとした王だったが、それは無情にも叶わず。やがてグチャグチャという嫌な音が誠司の耳に入ってくる——。
デメルトロイは、もがきながら叫んだ。
「……いだいぃぃっっ! だずげでぐでぇぇっっ!!」
魔物の中で踊る王。憐れな王。欲に塗れた王。誠司は目を瞑り、深く息を吐いた。
「……せめてもの情けだ。介錯するよ、デメルトロイ」
—— 斬
…………————。
こうしてデメルトロイの野望は、ここに潰えたのであった——。
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城内の魔物を兵士や騎士団と協力して駆逐した私は、街へと急ぎ駆け向かう。
魔物の数は多かったが、冒険者たちのおかげで規模の割には街への被害は抑えられたようだ。
その中でもひときわ大きな活躍を見せたのが、エリス。
『白き魔人』は街を駆け抜け、実に全体の六割以上を彼女が殲滅したようだ。私との模擬戦では本気を出していなかったことがよく分かる。
まあ、彼女と冒険を続ける内に分かっていたことだ。
エリスが本気を出すと、命のやり取りになってしまう。魔物相手には滅法強いのだ、彼女は。
合流を果たした私とエリスは、取りこぼした魔物を『魂』を見る能力で倒して回る。
そして、夕方になり雨も止んだ頃——ようやく、デメルトロイの召喚した魔物の駆逐を終えたのだった。
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その後数日間、私は城に軟禁された。
仮にも『王殺し』だ。場合によっては、牢にぶち込まれる可能性も考えた。まあその場合、エリスに助けてもらい逃げだす気満々だが。
しかし、デメルトロイの暴挙を目撃した者が多いこと。魔法兵団による独白魔法で改めてヒンガスの企みが明るみに出たこと。魔物を召喚し街を危険にさらしたのが王と大臣の二人であったこと。
そして何より、騎士団長であるノクスとサラ王女が苦心してくれたこともあって、私は無事に無罪放免となった。
更に、私を庇うために重鎮たちは動いてくれた。その結果、公式にはこの王殺しというクーデターは『名も無き英雄』の手によって起こされたということになったのだった——。
サランディア王国の今後だが、サラが成人の儀を行うまでは空位にするそうだ。
王の側近だった者達の中には、善政を敷いていたサランディア5世の意志を引き継ぐ者も多い。
彼らが執政官となり、『サラ王』誕生のその日まで全力で国を守っていくとのことだ。まあデメルトロイ統治時代よりかは、格段にこの国は良くなっていくことだろう。
私は城をあとにする時、最後にサラと謁見をした。
「やあ。世話になったね、次期サランディア国王陛下」
「もう、サラでいいって! ねえ、セイジ。うちの国で、はたらく気はないの?」
その質問に、私とエリスは顔を見合わせて苦笑いをした。
「はは、私は冒険者だ。じっとしていられなくてね。なに、君なら私がいなくてもきっと立派にやれる。いいかい? 君がちゃんと国を治めるんだよ?」
「……うん!」
——こうして、エリスの懸念点であったサランディアの一連の出来事は幕を閉じた。
「……終わったなエリス。これでしばらくは、のんびりと暮らせそうだな」
「ふふ、そうだね。なんか疲れちゃったし、温泉入ってえ、一日中いっしょにお布団で……」
「……おい」
——平和な日々は、続くと思っていた。
だが——。
——そう、『厄災』はいつだって、突然やってくる。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第四章完。『厄災』の章は少し長くなりそうなので(すいません)、第五章、第六章と分割いたします。
過去編もクライマックスに突入です。引き続きお楽しみいただけると幸いです、よろしくお願いします。




