『父』と『母』の物語・二人 06 —再会—
広場に突如現れた魔物たち。それを退治せんと冒険者たちは散っていく。
果敢に切り込み、あるいは街中へと魔物が行かないように立ち回る冒険者たち。
その冒険者たちを指揮している男の存在に気づいたヒンガスは、男に近づいていく——。
「何をやっている、サイモン! ギルドは中立の立場なんだろう!? 今すぐやめさせろ!」
口角泡を飛ばしながらサイモンに詰め寄るヒンガス。そんな彼のことを、サイモンは鋭い目線で睨みつけた。
「ほう? これは随分とおかしなことを仰るな、ヒンガス大臣。魔物が現れたから倒す、ギルドとしては当然のことをしているだけだが……いや、大臣、もしかして——」
サイモンの眼光が鋭さを増す。
「——サランディアが魔物と結託した、ということはあるまいな?」
「……ぐぬう」
先走った。ヒンガスは後悔する。
いや、ギルドが魔物を倒しに出るのはまだいい。サイモンの言う通り、当たり前のことだ。
——だが、何故こんなにも早く動ける?
まるでこうなることを事前に察知していたかのような動き。ヒンガスは呻きながら渋々頭を下げる。
「……ご協力感謝する、サイモン殿。しかし——」
ヒンガスは忌々しげにサイモンを睨みつけた。
「——お前のところの冒険者なんだろう、あの変な装束をまとっている奴は!? 大罪人を逃したとあらば、ギルドに責任を取ってもらうからな!」
「ほう?」
プルプルと肩を震わすヒンガスを見下し、サイモンは肩をすくめた。
「すまないな、ギルドは『中立』の立場なものでね。この国の謀反がどうとかということには関与しない。個人の問題だ」
「………貴様あっ……!」
今にも殴りかからんとする勢いで詰め寄るヒンガス。そんな彼を、サイモンは怒鳴りつけた。
「状況が分かっているのか? 魔物が溢れかえっているのだぞ!? 君のやるべき事は、今すぐに兵を動かし魔物たちを鎮圧することだっ!」
「……ぐっ!」
その迫力に気圧され、ヒンガスは一歩後ずさってしまう。
そして振り返り、『何故か自分たちには襲いかかってこない』魔物に困惑している兵士たちに渋々命令を下した。
「……魔物を……撃ち倒せ。街を……守るのだ」
「はい!」
命令を受け、駆け出していく兵士たち。ヒンガスがノクス達のいた方を見ると——そこにはもう、二人の姿はなかった。
†
誠司の肩を借りて連れられるまま、とある建物へと向かうノクス。
その建物——『妖精の宿木』の一室の扉を開けると、そこには彼が無事を願ってやまなかった愛する家族の姿があった。
「アナ! ミラ!」
「ノクス!」
「パパ!」
互いの無事を喜び、抱き合う親子三人。そんな彼らの元にエリスは近づいていき、ノクスに魔法を唱えた。
「——『傷を癒す魔法』」
魔法の効果が現れると、回復薬では治りきらなかったノクスの傷がみるみる内に塞がっていく。
ノクスは家族を抱きしめながらエリスに礼を言った。
「すまねえ、エリスさん。しかし……いったいどうなってんだ?」
ノクスは振り返り、誠司に尋ねようとしたが——一緒に帰ってきたはずの誠司の姿はそこにはなかった。
首を傾げるノクスに、ミラが目に涙を溜めながら説明する。
「……あのね……地下に幽閉されていた私達を、エリスさんとセイジさんが……」
「ふふ、上手くいってよかったよ。でもビックリしちゃった。街に来たらノクスが大変なことになってるんだもん!」
——エリスの話ではこうだ。
昨日の夕刻時。街に来た誠司とエリスは、広場でノクスが磔刑になっていることを知り驚愕する。
これはなんとかしなきゃと、まずは真偽を確かめるために二人はここ『妖精の宿木』を訪れた。
レティは言った。『反王派』の兵士たちの話を聞く限り、大臣のヒンガスが謀反だ謀反だと騒いでいるだけで何一つ具体的な話が見えてこないと。ノクスの刑に関しても、王があっさりと決断したと。
更にレティはクレープ屋の主人から聞いていた。毎週欠かさず週三でクレープを買いに来るはずのミラとアナが、この一週間、全く姿を見せていないと——。
それを聞いて気になったレティが調べたところ、この一週間で彼女たちの姿を見た者は誰一人としていなかった。
もしノクスが本当に謀反を企てていたとするならば、事前に家族を遠い地に逃したということも考えられる。
だが、誠司はその考えを即座に否定した。
『なあ、エリス。サランディア城の地下には何がある?』
『ん? 確か……地下牢しかなかったと思うけど……』
『なるほどな……二人の『魂』は、そこにあるよ』
大罪人の家族を拘束するのは当たり前なのかもしれないが——なら、何故地下牢に入れられている?
現段階では、きな臭さしか感じない。そのように深く考え込む誠司に、エリスは言った。
『じゃあさ、直接聞きにいこうよ!』
深夜、警備が薄くなった頃合いに、エリスと誠司は『ゲート』を通って城内に出る。その昔、エリスが城内にちょくちょく出入りしていた頃の名残だ。
起きている『魂』は少ない。誠司とエリスは、『姿を溶け込ませる魔法』で『魂』のいない道を進んでいく。
(……ふふ。なんだかドキドキするね、セイジ)
(……ンッ。エリス、お口チャック、だ)
互いに姿を見失わないように腕を組んで歩く二人。
やがて二人が捕らえられているであろう扉の前にきた誠司は、袖の裾から針金のような物を取り出した。
——『セイジさん。このジュリアマリアさん秘伝の技、教えてあげるっすよ!』
(……まさか、こんな所で役に立つとはな)
二つ星冒険者、自称トレジャーハンターのジュリアマリアから教わった技『鍵開け』で誠司は扉を開く。
そこに居たのはミラとアナ。そして、もう一人——。
「……うん? もう一人って?」
エリスの話を聞いていたノクスは、疑問を口に出す。
その質問にエリスは、得意満面な表情を浮かべた。
「ふっふー。その人がいたから、完全にノクスの潔白が証明されたの。今、会わせてあげるねえ」
そう言ってエリスは、隣の部屋に繋がっている扉の前に行きノックをした。
「入ってもいーい?」
「いーよ!」
ズル。ミラが崩れ落ちる姿が目に入る。だがこの声、ノクスには聞き覚えがある。もしかして——。
部屋の中には、二人の人物。彼女の世話を押し付けられているっぽいレティと——
「……サ、サラ! お、お前さん、なんでここにっ!?」
「やっほー、ノクス。わたし、つかまっちゃった!」
——齢六歳にして、既に大衆から即位を望まれている、次期、サランディア国王候補。
デメルトロイの娘、サラ王女がそこにいたのだった。




