『父』と『母』の物語・二人 05 —召喚—
「何者だ、貴様はっ!」
ヒンガスの怒鳴り声が雨の中響く。誠司のことを取り囲む動きを見せる兵士たち。
そんな彼らに向け——誠司は再び、殺気を解き放った。
「……ひいっ!」
身を貫かれる殺気に、及び腰になる兵士たち。まるで『魂』に死神の鎌をあてられているような感覚——。
だが、腰をぬかす兵士もいる中で、ヒンガスは何とか踏みとどまった。
「……何をやっているっ! 囲め! 捕えろ! 殺しても構わん!」
ヒンガスの怒声を浴び、兵たちは及び腰ながらも誠司に近づこうとする。
そんな彼らに構うことなく、誠司はノクスに近づいていった。
そして、懐から何かを取り出し——。
バシャ
「……ぬがあっ!」
「回復薬だ。沁みるぞ、ノクス。耐えてくれ」
「…………ぐうっ……先に言え……」
ノクスの身体から煙が立ち昇る。だが、この世界の回復薬は直に掛けると効くのだ、もの凄く。
誠司は兵士たちを睨みながら、ノクスに話しかけた。
「まったく、君らしくないな。この程度の拘束、君ならなんてことないだろう?」
「……無茶言うな。それに……アナとミラが……」
ノクスは言葉を絞り出す。そうだ。助けに来てくれたのは嬉しいが、このままでは妻と娘が——。
しかし誠司は、ノクスに近寄り耳打ちをした。
「……遅くなってすまない。ミラとアナは無事だ、エリスが保護している。君は何も、心配するな」
その言葉を聞いたノクスの目が光を取り戻す。そして——。
「……ぬぐおおぉぉぉおおぉぉっっ!!」
膨れ上がる筋肉、軋み出す鎖。もう、憂うものは何もない。
やがてメキメキという音と共に、手を拘束している杭は折れ、足の鎖は引きちぎれ、身体を拘束している鎖ごと杭は引き抜かれた。
そのあまりの馬鹿力を見て、誠司は口笛を鳴らす。
「ほら、やっぱりなんてことなかったじゃないか」
「……抜かせ……だが、すまねえ。これ以上は力が入らねえ」
当たり前だ。彼は三日三晩、野ざらしで磔にされていたのだから。
誠司もノクスが自力で脱出できるなどとは思ってもおらず、今、解いてやろうと思っていたのだったが——どうやら余計なお世話だったみたいだ。
「な、な、何をやっている! 早く動け、絶対に逃がすなあっ!」
ヒンガスの悲痛な叫び声が響く。誠司の殺気にあてられ動きを止めていた兵士たちも我に返り、ようやく向かってくるが——。
「まあ、ノクス。君はゆっくり休んでいてくれ」
—— 撃
誠司の峰打ちが、処刑場を駆け抜ける。次々と地面に倒れていく兵士たち。
——速い。
その光景を見たヒンガスは、戦慄する。ヒンガスとて、騎士団の副団長を務めていた経歴があるのだ。その経験から、はっきりと理解してしまう。
この男には、この場にいる兵士たちだけでは勝てない——と。
騒ぎを聞きつけてやってきた兵士たちも、次々と倒されていく。このままでは戦闘能力の高い騎士団がやってくるまで、とてもではないが持ち堪えられそうにない。
もしここでノクスを逃すような事態になってしまったら、王に、そして『あの方』に何と叱責されるか分かったものではない。くそ、そうなるくらいなら、いっそ——。
ヒンガスは決意し、『あの方』から授かった指輪を掲げた。
「……いでよ、『骸骨の魔物』、『小鬼の魔物』よ! 絶対にこいつらを逃すなっ!」
雨の中、ヒンガスの号令が響く。
その声に呼応し——地中から、次々と『骸骨の魔物』と『小鬼の魔物』が生えてきた。
その気配に気づいた誠司は、急ぎノクスの元へと駆け戻る。
「……ふう。どうやら君の国の大臣は、とんでもないことをしでかしてくれた様だな」
「……なんだ、セイジ……こりゃ、いったい……」
大量の骸骨兵と小鬼に囲まれる誠司とノクス。誠司はノクスを庇うように立ち、ため息を漏らした。
「ご覧の通り、『骸骨の魔物』と『小鬼の魔物』だ。見りゃわかるだろ」
「……馬鹿な……なんでヒンガスが……どういうこった!」
声を張り上げ、なんとか立ち上がろうとするノクス。だが、体力の失われている彼はよろめき座り込んでしまう。
「……くっ……すまねえ、セイジ。俺は……」
「あー。なに、心配することはないぞ、ノクス」
近づいてくる魔物を斬り伏せ、誠司は口角を上げた。
「——この事態も想定済みだ。なんなら君は、居眠りしていてもいいぞ?」
†
柵の外から状況を見守る、外套を羽織った男が一人。
彼は魔物の出現を確認し、戦場を指差し大きな声を上げた。
「サランディアの街中にて魔物の出現を確認! 現時刻を持って、冒険者ギルドは『緊急クエスト:サランディアの魔物の討伐』を発令する!」
男の——そう、冒険者ギルド・サランディア支部長、サイモンの声に応じ、物陰で息を潜めていた冒険者たちが次々と飛び出していく。
その彼らの頼もしい背中を見ながら、サイモンは一段と声を張り上げた。
「——さあ、報酬は弾むぞ! 民衆を守れ! そして『三つ星冒険者』のセイジ君と共に、魔物どもからこの街を守るのだ!!」




