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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第四章
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『父』と『母』の物語・二人 04 —雨のサランディア—





 ——その日は突然、訪れた。




「——ベッカー夫人。貴方の身柄を拘束させてもらう!」


「……!……な……どういう、こと……?」



 ノクス家になだれ込んでくる兵士たち。ミラは屈み、四歳になる愛娘アナを庇うように抱きしめる。


 兵士に取り囲まれるミラたち。その兵士たちを割るように、一人の男が前に出てきた。


「やあやあ、これはベッカー夫人。久しぶりだな」


「……ヒンガス……大臣……」


 この男ヒンガスは、かつて騎士団の副団長を務めていた人物である。五年ほど前、親王派である彼が高官に登用され、その空いた副団長の地位をミラが強制的に継ぐことになったという経緯があるが——。


「……ママ」


 アナが不安そうな声を漏らしてギュッと抱きついてくる。ミラは娘を抱く手に力を込め、ヒンガスに尋ねた。


「……大臣。久しぶりだというのに、ずいぶんなご挨拶ですね」


「フン。恨むなら、お前の夫を恨むんだな」


「……ノクスを? 彼が何をしたというの……?」


 ヒンガスの言葉に困惑するミラ。その彼女を一瞥して、ヒンガスは兵士たちに命令を下した。



「二人を拘束しろ。家中をくまなく探せ。構うことはない、ノクスウェル・ベッカーには、『謀反』の嫌疑が掛けられている」







 ミラとアナが拘束されてから、一週間。


 雨が降りしきるサランディアの街。


 そこの中央部の広場には今、柵が設けられていた。


 そしてその柵の中、数名の兵士が巡回している中央部には——



 ——枷を嵌められ、鎖で杭に縛りつけられている男の姿があった。



 その男に向かい、外套を身に纏った男が兵士を引き連れ近づいていく。


 杭の前に立った男は、下卑た笑みを浮かべて罪人の顔を覗き込んだ。


「おやおや、ノクスウェル。もう三日も経つのにまだ息があるようだな」


「…………ヒンガス……てめぇ…………ぐっ!」


 殴打の鈍い音が、雨の音に混じり響き渡る。口から血を流すノクスを見据えながら、ヒンガスは拳を外套で拭い取った。


「言葉に気をつけろ、ノクスウェル。お前の部下だったあの時とは違う。今の私は大臣だ。敬意を払いたまえ、敬意を」


「…………アナやミラは……無事、なんだろうな…………?」


 うつむいたまま、ノクスは言葉を絞り出す。ヒンガスはつまらなさそうに鼻を鳴らして答えた。


「ああ、無事だ。お前が大人しくしている限りはな。だが、もし少しでも変な動きを見せた場合は——」


「…………わかって、る…………」




 ——そう。ノクスはまったく身に覚えのない『謀反』の罪で、今、こうして磔刑たくけいに処されている。


 当然、ノクスは必死に身の潔白を訴えたが——ヒンガスは聞く耳を持たなかった。


 そして彼はノクスに言った。妻と娘がどうなってもいいのか、と。


 こうなってしまったからには、大人しく従うしかない。ノクスにとって、ミラとアナはかけがえのない存在なのだから。


 反論がないということで、刑は速やかに決定され執行された。拘束されてから僅か四日、異例の事態であった——。




 ヒンガスは雨の中、今はまばらな人通りを見る。


 最初は物珍しさからか、街の者たちは押しかけるように『謀反を企てた大罪人』の様子を見に来ていた。が、今日は天候のせいもあってかその姿は少ない。


 磔刑にした理由は、もちろん『見せしめ』。


 王に、そして『あの方』に逆らった者がどうなるのか——民衆に、兵士に見せつけるのだ。



 再びヒンガスはノクスの目を覗き込む。その目に生気は、ない。


「……クックッ。いかにお前といえど、三日もこの状況じゃあそろそろお迎えが近いのかもなあ」


「………………」


 何も答えないノクス。ヒンガスは近づき、彼の耳元で囁いた。



「——心配するな。お前が死んだ後、お前の妻と娘もそっちに送ってやるよ」



「………………!!」


 その言葉を聞いたノクスの目が大きく開く。そして彼は——



「…………うおおおぉぉぉっっ!!」



 ——雄叫びを上げ、もがき始めた。膨れ上がる筋肉、軋み出す鎖。杭はメキメキと音を立て始め——。


「……くっ……魔法兵!」


「……は、はい!」


 ヒンガスの呼びかけに応じ、魔法兵が詠唱を始める。そしてノクスの身体に杖を当て、魔法を解き放った。


「——『電撃の魔法』」


「……ぐっ、ぐああぁぁぁっ……!」


 迸る電撃、立ち込める肉の焦げたような臭い。


 バチバチと水たまりに電撃の余韻が残る中、皮膚の焼けただれたノクスはガクンと首を落とした。


 後ずさりその様子を見ていたヒンガスは、声を震わせた。


「……あ、暴れるんじゃねえ! 驚かせやがって……」


「…………テメェ……覚え、てろ……」


「……まだ、息があるのか……」


 改めてノクスの凄まじさを目の当たりにし、息を呑むヒンガス。


 だが、もう時間の問題だ。この様子ではあと数刻もしない内に——





 ——その時、




 殺気が、その場にいる全員を貫いた。





 ヒタリ、ヒタリという足音が聞こえてくる。ヒンガスたちがその方向を振り向くと——。



 ——その男は、柵を軽々と飛び越え侵入してきた。


 雨に濡れるのもいとわず、刀を肩に担いでゆっくりとこちらに向かい歩いてくる。


 男は、暗く冷たい瞳で言葉を発した。




「——やあ、ノクス。ずいぶんと大変なことになっているな。助けは、必要か?」


「…………セイジ…………」




 互いを認め合っている、男、二人。


 今、誠司は、友の窮地に駆けつけたのであった。




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