『父』と『母』の物語・二人 01 —それから—
「……んーー。温泉って、きもちーねえ、セイジ……」
「……ああ。久しぶりだが、やはりいいものだな……」
伸びをするエリスを横目で見ながら、私はお猪口の酒を喉に流し込み思い出に浸る——。
†
互いの気持ちを確かめ合ったあの日。その翌日にはもう、私たちはサランディアの役所に行って籍を入れることに決めた。
急すぎる気もしたが、『約束』をした以上はすぐに形にしようと、私とエリスは一つの布団で語り合った。
そして翌日。籍を入れたその帰り、ノクスとミラのところに報告に行った際は大層驚かれたものだ。
「……まさか、先を越されちまうなんてなあ」
「はは。君たちの方は順調か?」
「おう。いろいろあったが、なんとか年内には結婚できそうだ」
その言葉通り、彼らはその年の秋に結婚した。
大勢の人が祝福する中、私とエリスは彼らのことを遠巻きに見守る。
「ふふ。ノクスもミラも、幸せそうだねえ」
「そうだな。しかし……いいのか、エリス。君が望むなら、私たちも盛大に式を挙げてもいいんだぞ?」
「んーん、いいよ私は。セイジが隣にいてくれるだけで」
そう言ってエリスは私にギュッと腕を絡ませてくる。
なんでも彼女が式を挙げて親しい人を呼ぶとなると、国家規模の話になってしまうらしく。
それは面倒くさいからとエリスの願いで、写真屋で記念写真を撮るに留めておいた。
あとは、ナーディアさんのところに二人で挨拶に行った時も大変だった。
彼女は私の口から報告を聞くなり、その目に涙を浮かべた。
「……そうかい、セイジ。アタシも安心だよ……」
「……ナーディアさん……」
「……ちゃんと性欲、あったんだねえ……」
ガクン。私は椅子から転げ落ちる。
「ンッ! ナーディアさん、エリスの前で……」
「ナーディア! あのね、セイジね、性欲すっごいんだよ!」
「ンンッ!」
いや、好奇心を盾に性欲を全開にしているのはどっちだよ、と文句を言いたかったが——まあ口に出すのは野暮だろう。
私が黙っているのをいいことに、飽きるまで私のことをイジり倒す二人。居た堪れない。
そんな感じでひとしきり再会を喜んだ後、ナーディアさんは例の件に触れた。
「……それで、セイジ。見つかったかい、『運命の申し子』は」
「……いや。各地を巡ってはいるが、それらしき人は——」
そう。それが私が冒険を続ける大きな理由の一つだ。
先代『南の魔女』であるオフィーリアさんが言っていた『運命の申し子』。その人を探す旅を、私はやめる訳にはいかない。
エリスとの生活も大切だが——と、深く考え込む私の肩に、彼女の手が置かれた。
「『運命の申し子』ってオフィーリアが言ってた子のことだよね? 私も言われたよ。『アンタはとても近いところにいる』って」
「……そうか」
もしかしたら、オフィーリアさんは会う人全員に言ってるんじゃないかとも思ってしまったが——まあ、彼女はそんな人ではない。
私やナーディアさんが近いところにいると言うのなら、必然、エリスも近いところにいるのだろう。改めて私は、エリスとの出会いに運命的なものを感じ入る。
「でもさ」
エリスは言葉を続ける。
「本当に私たちがその『運命の申し子』に近いところにいるのなら、私たちは私たちらしくしていればいいんじゃないかな?」
そうなのかも知れない。私は冒険をすることでエリスに出会えた。いや、なら、もしかすると——。
そんなふとした私の思いつきを肯定するかのように、ナーディアさんは大きく頷いた。
「そうだね。案外、アンタ達の子供の内の一人が『運命の申し子』、だなんてこともあるかもしれない。なら、頑張って子供を作らないとねえ」
ニヤニヤしながらこっちを見るナーディアさんに、ニコニコしながら私の顔を見つめるエリス。私は咳払いをし、顔を背けた。
そんな私の態度を見て吹き出したナーディアさんは、目を細めて続けた。
「それにアタシも歳だ。そろそろ後継者を作らないとね。だからさ——」
彼女の口から、ヨダレが流れ落ちる。
「——男の子が産まれたら、アタシに一人預けておくれ。なに、悪いようにはしないからさ——」
「「ダメ」だ」
彼女の申し出を、私たちは声を揃えて却下する。
——まったく、この人は変わらないな。
私は口元を緩め、ナーディアさんとの会話を楽しむのだった——。
他にも、今入っている温泉だ。
私と会話をする中で出た温泉の話を聞いて、興味を持ったエリスはドワーフ族のもとを訪れた。
「ねえ。この山にお湯が湧き出てるとこってあるかな?」
この山を知り尽くしている彼らのことだ、もしかしたらと思って尋ねてみたが——。
「おう、あるぞい。ここからちと遠いがな」
私とエリスは顔を見合わせる。直後——。
「お願い! 温泉を作って欲しいの!」
ガバッと床に頭をつき、平身低頭お願いをするエリス。あれだ、私が教えた『土下座』だ。
キョトンとして顔を見合わせるドワーフ達に、私は説明をした。
「もし可能であるのなら、正式に依頼をしたい。説明するよ、温泉というものを——」
†
私たちの過ごす日々は、幸せに満ち溢れていた。
一年の半分ほどはエリスと共に冒険に出かけ、残りの半分は『魔女の家』でゆっくりと過ごす。
いろいろな場所に行った。いろいろな物を観た。いろいろな会話をした。
不思議なもので、彼女が隣にいるだけで既知の景色も新鮮なものとして映し出される。
彼女の好奇心は尽きることはない。そんな彼女の質問に私は一つずつ丁寧に答えていく。
幸せだ。私がこの世界で、こんなかけがえのない日々を送れる時が来ようとは——。
そして私とエリスが籍を入れてから、五年ほどの月日が経過したある日。
ドワーフ族に依頼していた温泉は、ついに完成したのだった。




