『父』と『母』の物語・出会い 12 —エリスの想い—
†
あの日、彼は、退屈な日々を送る私の前に突然現れた。
蜘蛛の巣に掛かって、照れくさそうに笑う彼。
——『……エリス……あなたがエリスさんか。ああ、あなたの名前はナーディアさんから聞いているよ』
話には聞いていた。オフィーリアやナーディアが拾ったという、別の世界から来た子。
そっか。もう、こんなに大きくなってたんだ——。
†
「——では、行くぞ、エリス。本気でかかってきてくれ」
「……うん」
†
私の『知りたい』という欲が、疼かないわけがなかった。
私は彼を、自分の家へと誘う。
——『エリスでいいよー。大丈夫、私一人暮らしだから。ささ、セイジ、こっちこっち!』
何百歳も歳下の子。そう、ただ保護してあげるだけ。仲良くなる前に別れれば済むだけの話だ。
†
彼は手加減する様子もなく、私に向かってくる。
「——どうした、エリス。あの日の君の動きは、こんなもんじゃなかったはずだ」
「……わかってる……わかってるよ」
†
彼は私の手料理を、それはもう美味しそうに食べてくれた。
嬉しかった。
そしてそれをきっかけに始まる、彼のいた世界の話。
新鮮だった。
当たり前だけど、私の知らない話がいっぱいだった。
でも、それを差し引いても、彼の話し方の上手さ、そして知識量の多さに私は驚いた。
だから私は——はしたない女だと思われるかもしれなかったけど、彼の部屋に布団を運び込んだ。
——『私、ここで寝るから。寝るまでお話の続きしようよ!』
†
彼の猛攻は続く。私の『揺らぎの魔法』はタネが割れてしまっている。
でも、それでも——私は彼の戦いたいという想いに、応えることにした。
「——『蜃気楼の魔法』」
†
彼がドワーフの集落に行く日。
この時にはもう、私の欲求は抑えられないでいた。
(……もう少しだけこの人と、一緒にいたいなあ)
そう、これで最後なんだから。私は私にそう言い聞かせ、彼との同行を申し出る。
彼は困惑していたようだったが、快く了承してくれた。やった!
(……あれ? なんで私、こんなに嬉しいんだろ)
そしてマッカライさんに告げられた、刀が出来るまでの期間『三ヶ月』。ダメだ、抑えきれない。私は彼から、もっと話を聞きたいのだから。
——『セイジ! もっといっぱいお話できるね!』
——『……迷惑じゃなければ、是非……』
飛び跳ねたくなるほど嬉しかった。けど、そのあと彼に、あんなに弱い姿を見せてしまうなんて——。
†
彼の振るう木刀が、私との距離を測りかね空振りをする。
「……どうしたの、セイジ。私に、勝つんでしょ?」
「……ああ、勝ってみせるさ」
†
弱さを見せた私に、彼は『私を頼れ』と言ってくれた。
本当に嬉しかったんだよ、セイジ。
調子に乗って一緒の布団に誘っちゃったけど、でも彼は私が眠りにつくまで話に付き合ってくれた。
手を出されてもしょうがないと思っていたけど、彼は誠実なのかな? 嬉しいような、少し残念なような——。
(……残念?)
私は自分の気持ちを自覚し、ショックを受ける。
そっか。私はこの人のことを——好きになったんだ。
†
「——『空弾の魔法』」
私の放った魔法をかわしきれずに、吹き飛ぶセイジ。
けど彼は、口角を上げながら立ち上がってきた。
「……そう来なくっちゃな。さあ、エリス。全力を尽くしてくれ!」
†
これ以上、好きになっちゃいけない。
だって私は、人間族は好きにならないって決めているから。
もし一緒になってしまったら、あなたも私を置いていってしまうだろうから——。
それからの私は、彼の身体に触れないように気をつかった。
夜、彼の部屋に行くのも我慢した。
昼間、お話をしているだけで十分。それで私の欲求は満たされるのだから——。
そう思っていた。
でも、おかしい。日に日に胸が苦しくなっていく。なんでだろ、こんなはずじゃなかったのになあ——。
†
「……もう、やめようよ」
傷つく彼の姿を見て、私は声を漏らしてしまう。
セイジの木刀は私に何回か届いているけど、私には『身を守る魔法』が掛かっている。それがある以上、私の勝ちは揺るがない。
「……はは。舐めるなよ、エリス」
それでも彼は——目を輝かせ、私に向かってきた。
†
彼と出会ってから三ヶ月、別れの日だ。
別れがこんなに辛いものだなんて、久しぶりに思い出した。
依頼していた刀が届いてからは、彼と時間を共有しないように頑張った。お話をしたら、別れたくなくなってしまうから。
冷たい態度になってしまっているのは分かっている。でも、私とあなたは一緒になれない。だから、行って。そして、もう二度と——。
——『——あの男には帰ってくる場所が必要だ。もし好きなんだったら、しっかりと掴んで、絶対に手放すんじゃないよ』
ふと、レティさんの言葉が記憶に蘇った。
私は——
——泣きながら、彼の服の裾を掴んでいた。
†
セイジは私の空弾をかわしながら迫って来る。『蜃気楼の魔法』で狂わしたはずの距離感も見切られている。すごい対応能力だ。
かわしきれない——。
まあ最後だし、一発くらいまともに食らってあげてもいいか——そう一瞬、ほんの一瞬私が気を緩めた時だった。
「甘いぞ、エリス」
セイジが、つぶやいた。
そして彼は腕を伸ばし——。
「……えっ?」
頭が真っ白になる。
彼の腕が、私の首の後ろにまわる。
そして——私の唇に、暖かいものが触れた。
何が起こったのかを理解し、木刀を落としてしまう私。
彼は少しだけ唇を離し、私の耳元で囁いた。
「……体内は『身を守る魔法』の対象外だったよな。なら、エリス。私の勝ちだ」
頭が痺れ、何も考えられなくなった私は——
——気がつけば彼の顔を引き寄せ、唇を奪い返していた。




