『父』と『母』の物語・出会い 11 —誠司の想い—
「じゃあな、セイジ。手入れは欠かすなよ」
「ありがとう、マッカライさん。今度は酒を持って伺うよ」
マッカライさんを見送った私は、改めて刀の具合を確かめる。
後に作ってもらった太刀などもそうだが、やはり『試作品』であったあの刀よりもかなり洗練された造りになっている。
そのように刀を眺めている私に、エリスが話しかけてきた。
「よかったね、セイジ。それで……もう行っちゃうのかな?」
「……ああ、三ヶ月という約束だからな。ただ……今からだと森の中で日が暮れてしまう。もう一晩だけ厄介になってもいいかな?」
「うん、いいよ」
彼女はそっけなく言い放った。うん? 普段なら『やったあ!』とか言ってきそうなものだが——もしかして迷惑だったか?
だが、エリスは次の瞬間にはもう、ニコッと微笑んでいた。
「じゃあ、最後の料理になるね! 期待しててね、頑張っちゃうから!」
「はは、ありがとうエリス。楽しみにしているよ」
腕まくりをして立ち上がり、部屋を出ていくエリス。彼女の背中を見送った私は、深く息をつく。
(……ああ、今日で最後なんだなあ……)
思えば三ヶ月前。私の前に突然現れた彼女は、一瞬にして私の心を奪っていった。
それからの日々。当たり前にあった日々。楽しかった。
幸せとはこういったことを言うんだろうな——私の心は満たされていた。
ノクスにあてられ、私も彼女に想いを伝えようと考えたりもした。
だが。
——『——仲良くなった人間族の人たちも、みんなすぐに死んでいっちゃって……』
そう。彼女は魔族で、私は人間族。
よしんば上手くいったとして、私の方はいいが——順当にいけば、彼女の方が遺されてしまう。
それを嫌って、彼女はこの森にいるのだ。話好きの彼女が、孤独な時間を、百年以上も。
だから無責任に想いを伝えることはできなかった。どんなに言葉を並べても、彼女を置いて逝ってしまうことに変わりはないのだから。
彼女の長い寿命だ。三ヶ月ほど過ごした男のことなど、すぐに忘れてしまうだろう。
私は刀身に映る自身の寂しげな表情を、ずっと眺め続けるのだった——。
†
「ごちそうさまでした」
料理を平らげ手を合わせる私とエリス。彼女も気がつけば、その習慣をするようになっていた。
この晩の料理は、私の好物ばかりが並んでいた。彼女の優しさが身にしみる。
さあ、最後の晩だ。今日は存分に語り明かそう——。
だが、私がそれを言うよりも早く、彼女は食器を片付けながら言った。
「じゃあ、セイジ。明日、早く発つんでしょ? 今日はもう寝なよ」
「……ああ、いや。私は大丈夫だが……」
「……寝なよ」
彼女は手を止め、うつむきながら漏らした。
さっきもそうだが——私は何か、気に障ることでもしてしまったのだろうか。
いや、しかし普通に話している分には、いつも通りの彼女だし——。
(……最後に、君とゆっくりと話したかった……)
私は目を閉じ、遠ざかっていく彼女の『魂』を見送ることしか出来なかった。
†
結局、あの後彼女は自室へと引っ込んでしまった。
もしかしたら夜、私の部屋にやってくるのではないかと期待していたが——それもなかった。
まあ、去っていく男のことなど、彼女にとってはどうでもいいのかもしれない。恐らく彼女は、私の『知識』にしか興味はないのだろうから。
(……でもな、エリス。ありがとう。私は、楽しかったよ)
朝起きた私は、荷物をまとめていつものリビングへと出る。
三ヶ月。長いようであっという間だった。願わくば、最後にちゃんと別れを言いたいが——。
リビングのいつもの席に、彼女はいた。
私の気配に気づいたのか、彼女はうつむいたまま私の方に軽く目線を動かした。
「おはよう、エリス」
「……おはよ、セイジ」
この三ヶ月、欠かすことなくした挨拶。だが今日の彼女の言葉には、まったくの覇気が感じられなかった。
私はいつも座っていた彼女の対面の席に腰掛ける。
「エリス、今までありがとう。私を助けてくれて、更には刀が出来るまでの間、この家に置いてくれて——」
「いいから、そういうの」
彼女が私の言葉を遮る。その冷たさを感じる言葉に私が固まってしまっていると——彼女は笑顔を浮かべて、顔を上げた。
「……ごめんね、セイジ。玄関まで見送るね。行こっか」
†
「ありがとう、エリス。世話になった」
「………………」
私の言葉に何も答えないエリス。目を伏せ、虚空を見つめている。
これはいよいよ、私は彼女に何かをしてしまったのかも知れない。しかし心当たりのない私は、頭をかくしかなかった。
だが、これで最後だ。私は世話になった彼女に右手を差し出した。
「じゃあな。また……来るよ」
「……もう……来なくていいから……」
私の胸がズキリと痛む。決定的だ。私は彼女に、嫌われてしまった。
私は精一杯の作り笑いを浮かべ、彼女に背を向ける。
そして一歩、踏み出そうとした、その時だった。
——服の裾が引っ張られ、私の歩みを止めた。
「……エリス……」
私は振り返り、服の裾を掴んでいる彼女の名を呼ぶ。
その彼女の肩は——少し震えていた。
「……行って……そしてもう、私の前に現れないで……」
うつむいたまま声を震わせるエリス。彼女の足元に、一粒水滴が落ちた。
「……エリス……離してもらわないと……」
「……わかってる。でも行って。これ以上、セイジの顔を見たら……」
彼女は大きく肩を揺らす。鼻をすすり上げる音が聞こえてくる。
——その様子を見れば、さすがの私でも気づく。
信じられないことだが、彼女も私との別れを惜しんでいたのだ。
「……エリス。最後に顔くらい、見せてくれないか」
「……人間の人なんて、絶対に好きにならないって決めてたのに、みんな私を置いて、いなくなっちゃうから……」
自分の心を吐露するエリス。私は黙って彼女の言葉を聞く。
「……だから、一緒にいたらいけないって分かってたのに、でも、セイジと一緒にいたくて、だから、だから……」
そこまで言って彼女は目元を袖で拭い、赤く腫らした目で私に笑顔を向けた。
「……あはは、ごめんねセイジ。今のは忘れて。私一人で、全然大丈夫だから……」
「いや、嘘だな」
私はエリスの目を真っ直ぐに見据える。そして荷物を床に置き、茫然としている彼女に申し出た。
「——表に出てくれ、エリス。戦おう。今日こそ君に、勝ってみせる」




