『父』と『母』の物語・出会い 10 —三ヶ月—
「——『痛みを和らげる魔法』」
エリスの唱えた魔法の効果が現れると、みるみる内に痛みが引いていく。
彼女は私の顔を覗き込み、心配そうな表情を浮かべた。
「ごめんね、痛かったよね……?」
「いや、ありがとう、もう大丈夫だ……なあ、エリス、聞かせてくれ。あの揺らぎは、『空間魔法』じゃなかったんだろう?」
私は彼女の顔を見て、苦笑いを浮かべながら確認をする。あの揺らぎ、飛び込んでも何ともなかった。
エリスはペロッと舌を出し、私に答える。
「うん。まあ、あれも一応空間魔法なんだけど、ただ空間を歪ませるだけの魔法なの。主に適性をチェックするための、空間をゆらっとさせるだけの魔法だよー」
やはりか。あの揺らぎは『どこかに飛ばす』といった類の魔法ではなかった。
「やられたよ。それで私の行動を制限し、優位に立ち回っていたというわけか」
「そそ。セイジ、私よりも速いんだもん。びっくりしちゃったよー。それで『なんとかしなきゃ!』ってね」
なるほど。私の最初の動きを見ただけで、一瞬でそこまで考えたのか。さすがは三つ星冒険者だ。
だが、疑問は残る。
「しかし、エリス。最後のあれは何だったんだい? 私の攻撃を弾き返したように見えたが……」
「あー、あれねえ」
エリスは座ったまま、腰に手を当てふんぞり返る。彼女の膨らみが顕になり、私は慌てて目を背けた。
「ふっふー。あれはね、『身を守る魔法』っていって、普段から掛けてるんだ。そこそこ高位の魔法だけど、この魔法を掛けておけば——」
彼女は木刀を手にとり、自分の頭をポコッと打った。
「——ご覧の通り、攻撃から身を守ってくれるの。『護りの魔法』を個人に特化させたような感じかな?」
首を傾げ、ニコッと微笑むエリス。そんな彼女の笑顔を見て——
私は寝っ転がり、天を見上げ、気持ちを吐き出した。
「ああ、くそ、やられた。悔しいけど完敗だ。勝ったと思ったんだけどなあっ!」
「ふふ。だてに長生きしてませんって。でも、タネが割れちゃったからねえ。次はどうなるか分からないよ?」
「はは。その『身を守る魔法』、破る手段はあるのか?」
エリスの「んー」という声が聞こえる。やがて薄暗くなりつつある空を見上げる私の視界に、彼女の顔が映し出された。
彼女は「あーん」と口を開けて口内を指差す。
「『身を守る魔法』はね、体内にまでは効果がないんだ。だから狙うとしたら、ここかなあ……」
「……教えてくれるのはありがたいが……口を閉じられたら終わりじゃないか」
「ふふ、そうだねえ。だから教えたの」
クスッと笑うエリス。薄暗い影に覆われる彼女のその笑顔は、とても幻想的で美しかった。
私は息をつき、起き上がる。
「次は負けないぞ、エリス。対策が練れたら、また相手をしてくれ」
「あっ、そうだ約束! 約束だよね。私が勝ったら、もっとお話、してくれるって!」
「はは、忘れてないよ。じゃあ、家に戻ろうか。何が聞きたい?」
「んとね、んとね……全部!」
——私の周りを笑顔でクルクル回るエリスと共に、二人で家へと戻る。
こうして私たちの三ヶ月間の共同生活は、始まったのだった。
†
——楽しかった。
「ねえ、セイジ。この花、セイジの世界ではなんて呼ぶの?」
「……ああ、これは『ヘザー』……『ホワイトヘザー』だ。懐かしいな、この世界にもあったんだ」
「ふうん。じゃあさ、『花言葉』っていうのは?」
「これに関しては調べたことがあるから覚えてる。確か『追求者』だ……君にピッタリだね」
「へえ! セイジがそう言ってくれるなら、私、気に入った!……でも、何で調べたの?」
「ンッ。うるさい、内緒だ」
「ふふ、意地悪だなあ」
——私たちの時間は緩やかに、それでもあっという間に流れていく。
昼までは庭で稽古をし、午後は日差しを浴びながらエリスと語らい合う。
そして時たま街へと出向き、買い出しがてらサランディアの様子を確認しに行ったりもした——。
「やあ、ノクス。元気にやってるか?」
「おう、セイジ。久しぶりじゃねえか! あの後大丈夫だったか。まさか、迷ったりしなかっただろうな?」
「ふふ。ねえ、聞いて聞いて、セイジったらねえ——」
「ンッ! こら、エリス……」
「……ん?……まさか、エリスって……」
「初めまして! 私、多分、あなたの思った通りのエリスだよー。でも一応、お口チャックしといて!」
「……はあん……まあ深くは追求しねえが……。しかし、セイジ。お前がこんなべっぴんさんと何で……いて! こらミラ、踏むんじゃねえ!」
——彼女と時間を共有し、日が暮れエリスの手料理を堪能した後は、二人で夜遅くまで語らい合う。
元の世界の話、オフィーリアさんとナーディアさんの話、冒険者になってからの話——話が尽きることはない。
放っておくと際限なく話してしまうので、日付けが変わるまでとルールを決めたほどだ。
しかし、それが原因かは分からないが——あの日以来、夜、エリスが私の部屋を訪れることはなくなっていた。
まあ、分かってはいたことだ。彼女は私の知識が目的で、特別な気持ちを抱いているということはないのだろうから。
少しだけ残念な気持ちはあるが、『明日の彼女はどんな表情を見せてくれるのだろう』、それを楽しみに、私は眠りにつく。
ああ、すべてが楽しく、この時間が愛おしい——。
——だが、終わらない時間は、ない。
気がつけば、私とエリスが出会ってから三ヶ月。
打ち直した刀を携えたマッカライさんが、『魔女の家』を訪れたのだった——。




