『父』と『母』の物語・出会い 09 —模擬戦—
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街の視察がてら生活品の買い出しを終えた私とエリスは、彼女の家『魔女の家』へと帰り着く。
買い出しと聞いた時は荷物持ちを覚悟した私だったが、それは杞憂に終わり。
どうやら彼女のバッグはこの家へと繋がっているようで、いくら入れても膨れないバッグを見て私は驚愕したものだ。改めて空間魔法のすごさを思い知る。
エリスに案内され、この家の地下へと降りた私は更に驚愕する。
「……エリス、ここは……書庫か?」
「そうだよー、やっぱり一人は暇だから。セイジに会うまではずっと本の虫だったの」
この家と同じくらいの広さがある部屋に、本棚が所狭しと並べられている。
そして部屋の中央には広めのテーブルと椅子があり、普段はそこで本を読んでいるのだろう、本が乱雑に積み上げられていた。
「それじゃあ、運んじゃおっか。ごめんね、セイジ。手伝ってくれる?」
「当たり前じゃないか。好きなように使ってくれ——」
こうして荷物を運び終えた私たちはひと息つき、いつものリビングの席へと座る。
エリスは頬杖をつき、私の顔を覗き込んだ。
「さっき食べちゃったから、夕食はもう少しあとでいっか。ねえ、セイジ。何かお話——」
言いかけたエリスの言葉を、私は手を差し広げて止める。不思議そうな顔をする彼女に、私は申し出た。
「お願いがあるんだ、エリス。庭に出てくれ」
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「本当にやるの? セイジ。私は別に構わないけど」
ストレッチをしながら私に問いかけるエリス。私は用意された木刀を選びながら彼女に答えた。
「すまないね、エリス。『白き魔人』と呼ばれた三つ星冒険者の実力を、肌で感じたいんだ」
「……は、肌で!?」
「……ん? ああ。特に魔法の使い手との戦闘経験は、私は乏しい。無理を言って申し訳ないが、勉強させてくれ」
「あ、そういう……うん、わかった、いーよー。ねえ、私が勝ったら何してくれる?」
目を半開きにして不敵に微笑むエリス。
しかし、勝ったら、か。そういったことは全く考えていなかったが、付き合ってもらっている身だ。もしそれで彼女が本気を出してくれるのなら、私としては願ったり叶ったりだ。
「ああ、なんでもいいよ。エリス、君が勝ったらなんでもリクエストしてくれ」
「わ、いいの? じゃあ、私が勝ったらねえ……うん、お話もっといっぱい聞かせて!」
「ああ、構わない」
少しだけ身構えていた私は、肩の力を抜く。いつものことじゃないか、お安いご用だ。
「ねえ、セイジが勝ったら?」
「……私は別に……ないな。手合わせをしてもらえるだけで、十分だ」
「えー、それじゃあつまらないじゃーん! 考えといてよ」
そう言ってエリスは木刀の剣先を私の剣先に軽く打ち合わせた。戦いを始める合図だ。
私は速攻で、エリスに斬りかかる。
「わっ!」
驚いた様子とは裏腹に、その剣撃をなんなく躱すエリス。素早い。さすがは三つ星冒険者といったところか。
そのエリスはあっという間に私との距離を空ける。駆け寄り、追撃を入れようと試みる私だったが——
——エリスはそれよりも早く言の葉を紡ぎ、空間に揺らめく何かを浮かび上がらせた。危険を感じとり、急停止する私。
エリスは感心したように目を大きく開いた。
「へえ、よく止まれたね! 気をつけてね、これに触れるとどっかに飛ばされちゃうから」
「……マジか」
彼女は空間魔法の使い手だ。それを戦闘に組み込まれると、やはりやりづらい。
私は空間に浮かび上がる揺らぎを迂回するように再び駆け出した。私とは反対の方向に駆け出すエリス。
私は必死に追いかけようとするが——逃げながらも彼女は、次々と空間に『揺らぎ』を浮かび上がらせる。
「……チッ」
揺らぎを回避しながら攻め寄る私。だが、あと2ステップで彼女に追いつく——その時だ。彼女は身を反転させ、揺らぎの中に飛び込んだ。
「んしょ!」
揺らぎを通過し、私に一太刀浴びせるエリス。私は間一髪、彼女の攻撃を受け流した。
「くっ!……どこかに飛ばされるんじゃなかったのか……?」
「術者本人だもん。今、この空間は……私のもの、だよ!」
彼女の連撃が止まらない。揺らぎを気にして立ち回っている私は、防戦一方だ。
「優しいんだね、セイジ。私に気をつかってくれてんでしょ?」
「……そうだったら良かったんだけどね……想像以上、だ」
揺らぎがなければ、彼女を捉えられる自信がある。だが、これが魔法使いと戦うということか——私の口角が上がる。
エリスを大きく弾き飛ばした私は、彼女と向き合い吠えた。
「行くぞ、エリス!」
私とエリスは打ち合い続ける。
揺らぎを上手く利用した彼女の立ち回り。その動きを読み、反応して対処する私。
だが——戦っている内に、一つの疑念が浮かんだ。
(……この揺らぎは本当に、『空間魔法』か?)
彼女に言われるがままに信じてしまっていたが、私の木刀が揺らぎに接触したのは一度や二度ではない。
しかしその木刀はどこかに飛ばされる訳でもなく、しっかりと私の手の内にある。
(……試してみる価値は……あるな)
思えば最初、彼女は『よく止まれたね』と言っていた。その言葉通りなら、彼女は不意打ちに近い状態で私をどこかに飛ばそうとしていたことになる。
果たしてそんなことをエリスはするか?
私は、私の中のエリスを信じる。
エリスが揺らぎごしに迫ってくる。私は意を決して、揺らぎの中に飛び込んだ。
驚いた表情のエリスが揺らぎごしに見える。そして、そのまま揺らぎを抜け、彼女の顔がハッキリと浮かび上がり——
——やはりだ。やはりこの揺らぎは、エリスの言うような空間魔法なんかじゃない。
(……勝った!)
私は木刀を振り下ろす。彼女の肩口目掛けて振り下ろした木刀を寸止めしようとして——
その時彼女は、私の予想だにしていない行動をとった。
エリスは私の木刀を食らいながら、真っ直ぐに向かってきたのだ。当たってしまったはずの木刀は、カツッと音を立てて弾き返され——
「えいっ!」
——彼女は体重を乗せて、木刀の柄の部分を私のみぞおちに叩き込んだ。
鈍い衝撃が身体を巡る。私は思わず膝をついてしまい——。
「やった! 私の勝ちだ!……あの、セイジ、大丈夫?」
——私は痛さと悔しさで、しばらくの間うずくまるのだった。




