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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第三章
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『父』と『母』の物語・出会い 07 —御休憩—





「……エ、エリス!?」


 騒つくギルド内。受付嬢は目を回している。


 私はエリスの元へとツカツカと歩み寄り、声を潜めて彼女に話しかけた。


「……エリス、何を……?」


「あ、セイジ! 見て見てー、【999】超えたっ!」


 得意げに水晶玉を指差すエリス。その水晶玉に浮かび上がる数字は『999』。三桁表示なので、おそらくカンストしてしまったのだろう。


「……いや、それはすごいが……なんだ君は、冒険者にでもなるつもりか?」


「ん? 言ってなかったっけ。私、冒険者だよ!」


 そう言って彼女が胸元から取り出したのはギルドカード。そのカードには星が三つ輝いている。


「……本当だ……すごいんだな……」


「えへへー」


 ギルドカードに思わず見入ってしまう私。少し離れたところでは、野次馬たちが遠目でギルドカードを覗き込んでヒソヒソと話していた。


「……『エリス』……ってもしかして『西の魔女』のエリスか!?」


「ああ、『白き魔人』として名高い伝説の三つ星だ……いまだ健在だったとは……」


 なるほど。古くに活躍していた三つ星冒険者『白き魔人』という通り名は私も聞いたことがある。まさかエリスがそうだとは思ってもいなかったが。


 尊敬の眼差しで見つめる野次馬たちに、エリスはどーもどーもと手を振っている。


 だが、注目を集めすぎてしまった。ここではゆっくり話をすることが出来まい。


 私はご満悦な様子のエリスを促し、ギルドを後にするのだった。






「で、エリス。なんで魔力量計測を?」


「あのね、二百年前に測った時は『997』だったんだ。悔しいじゃない? だから久しぶりに来たついでに、お願いして測ってもらったの!」


 昼下がりの街。人通りはまばらだ。屈託のない笑顔を浮かべながら話す彼女を見て、私はため息をついた。


「……しかし、驚いたな。まさか三つ星冒険者だったとは……」


「昔の話だよ。今は活動してないし。昔ね、魔物が多かった時に退治して回ってたことがあったの。その時ついでにって感じで」


「……はあ」


 随分と途方もない話だ。数百年前のこの地方は手がつけられないほど魔物が多かったという話は聞いたことがあるが——その数を減らすのにエリスが一枚噛んでいたとは。


 一瞬、対抗意識を燃やして、『やっぱり三つ星冒険者にしてくれ』とサイモンさんに頼みに戻ろうかと考えてしまったが——彼女はどうやら歴戦の三つ星冒険者だ。思いとどまって良かった。


「それでエリス。随分と早かったが、もう城には行ったのか?」


「……あー、うん。それがね……」


 その話がでた瞬間、表情を曇らせ口ごもるエリス。何やら歯切れが悪い。


 まあ、こんな道端でする話でもあるまい。私はエリスに提案した。



「近くに馴染みの店がある。話はそこで」







「——種別は問わない、適当な空き部屋を。あと、軽食を二人分頼む」


「はい、わかりました」


 私は受付の女性に注文し、エリスの元へと戻る。その彼女はというと、興味深そうに賑わっている店内を見回していた。


「ねえ、セイジ。ここって……?」


「ああ。この店は『妖精の宿木』っていってね。宿屋と酒場が一緒になった店なんだ。とはいえ、一番の売りは食事なんだが」


「へえー……」


 今は昼をだいぶ過ぎた時間帯だが、店内はそれなりに人が多い。ランチの営業ももうすぐ終わってしまうので、駆け込みの客が多いのだろう。


 美味しそうに料理を頬張る客たち。昼間から酒を飲んでいる冒険者らしき者たち——。


 しばらくその光景に見入っていたエリスだったが、やがて不思議そうな顔で私に尋ねた。


「……でも、ここだと人多くない?」


「ああ、安心してくれ。その為に——」


 そこまで言いかけた時だ。受付の女性が降りてきた。


「——それではお待たせしました、セイジさん。ごゆっくりどうぞ!」







 私たちに用意されたのは、ベッドが一つだけの部屋。だがその分、スペースがそれなりにある部屋だった。


 私のあとから入ってきたエリスは、目を丸くしている。


「……セ、セイジ? こ、ここって?」


「ああ、ちょうどいいだろ?」


 私はテーブルに座り、肩をほぐす。一方のエリスは、なぜだか落ち着きない様子を見せていた。


「あ、あの、ベッドが一つしかないんだけどっ?」


「……うん? ああ、まあ、一つしかないな」


「ね、寝る場所はどうするのかなっ?」


 なんだかエリスの様子がおかしい。ああ、そうか。もしかしたら宿泊と勘違いしているのかもしれない。


「安心してくれ、エリス。別に宿泊してもいいが、ここには休みにきただけだ」


「そ、それって、つまり、ご、ごきゅ……」


 エリスは顔を真っ赤にする。そしてなんだか力を込めて、自身に言の葉を紡いだ。



「——『汚れを落とす魔法』!」



 魔法を唱え、服のにおいをクンクンするエリス。気になるのか? まあ、ついでだ。私もやってもらおう。


「ちょうどよかった。私にも唱えてくれないか」


「……——『汚れを落とす魔法』……」


 春先とはいえ、日中は暑い。コクリと頷いて魔法を唱えてくれたエリスに、私は感謝をした。


「助かる、さっぱりしたよ。じゃあ、座ってくれ。ここならゆっくり話が出来るだろう?」


「えっ」


「うん?」


 エリスの顔がみるみる内に真顔になっていく。やがてエリスはコホンと咳払いをし、席についた。


「えと、セイジ? ここには話をしにきた、ってことでいいのかな?」


「……? ああ、そりゃそうだろう。付け加えれば小腹を満たすという目的もあるが……」


「ふーん、ふうん、そうなんだー。じゃ、お話しよっか」


「?」


 彼女の変化がまったく理解できない。


 いや、一瞬『いたす、いたさない』の勘違いというパターンも考えてしまったが——逆の立場ならともかく、彼女は平気で同衾どうきんを要求してきたりするような人だ。私がからかわれることはあったとしても、彼女が勘違いをするなんてありえないだろう。



「……バカ」



 そんな言葉が聞こえたような気がしたが——それが私の耳に、はっきりと届くことはなかった。





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