『父』と『母』の物語・出会い 06 —二人、街へ—
翌日。
私たち二人は、家の近くにあるという『ゲート』へと向かった。
大きな黒いバッグをたすきに掛けているエリスは、空間を指差し私に説明をしてくれた。
「このゲートがサランディアに繋がってるゲート。普段はここから、こっそり街に買い出しに行ってるんだ」
「……私には何も見えないけどなあ」
彼女の指差す空間には何もないように見える。まあ、術者本人にしか見えない何かがあるのだろう。
「で、このゲートは……というか大半のゲートは、私でないと開けないようになってるの。うっかり迷い込んじゃったら大変だからねえ」
「なるほど。一応、街には定期的に行ってはいたんだね」
「……うん。でも私、街ではなるべく話さないようにしてるから……変わった様子も感じられなかったし……」
自分に責任を感じているのか、シュンとなるエリス。だが、気づかないのも仕方あるまい。例の問題はまだ目に見えるほど表面化はしていないだろうし、兵士の警備している城下町で王の悪口を大声で話す者もいるまい。
私はエリスの肩に手を置く。
「大丈夫だ、エリス。今からでも——」
「うひゃあ!」
突然、エリスが飛び退いた。そして触れられた肩に手を置き、目をまん丸にして私を見つめている。しまった、昨日の距離感から軽々しく触ってしまったが、これはアレか、セクハラというやつか。
「……す、すまない、エリス。つい、何も考えずに……」
「……う、ううん、いいのいいの気にしないでっ! さ、ささ、セイジ、行こうかっ!」
「……ああ……?」
顔を赤らめ手招きするエリスの後に続いて、私は首を傾げながらゲートに入っていくのだった——。
†
サランディアの街の人気のない場所に出た私たちは、いったん別行動をとることにした。
「じゃあ、セイジ。またあとで。ギルドで待っててねえー」
「ああ、エリス。一応、気をつけるんだぞ」
私もエリスに同行したかったが、彼女は『魔女の責務』と言って単身、王に会いに行った。
まあ、ただの冒険者にすぎない私が同行したところで話がややこしくなるだけだろう。なので私は用事を済ましがてら、この街で内情を調べあげるという役割を担うことにした。
フードをすっぽりと被ったエリスを見送った私は息をつき、街中へと向けて歩き出す。
「……さあて、冒険者ギルドか。サランディアは久しぶりだな」
†
「——では、セイジ君。依頼の方、しっかりと承ったよ」
「ありがとうございます、サイモンさん。変な依頼を受けてもらって……」
この人はサイモンさん。この『冒険者ギルド・サランディア支部』の支部長だ。私を二つ星冒険者として認めてくれた人でもある。
私より一回りくらい上の年齢だろうか。まだ若いのにギルド長を務めているということは、よほどやり手の人物なのだろう。
私からの『特殊個体:ヴァナルガンドの討伐』の依頼を快く受理してくれたサイモンさんは、ひと息つき椅子にもたれかかった。
「……しかし、特殊個体本人から直々に討伐依頼が来るとはね……。前代未聞だ」
「はは。まあ腕試しという立ち位置になるけど、冒険者の実力の底上げには役に立つと思うよ」
「いや。君のギルドカードから検出されたヴァナルガンドの『魔素』。そこから推測されるに、並の冒険者では底が抜けてしまうかもしれないな」
はははと笑い合う私たち。やがてサイモンさんは、目を細めて私を見つめた。
「しかし、その神狼に君は勝った。ケルワンの火竜騒動の件でもオッカトル国から推薦がきている。セイジ君、『三つ星冒険者』になる気はないのか?」
その言葉を聞き、私は頬を緩めたまま考える。『三つ星冒険者』。私の一つの目標ではあるのだが——。
「……いや、サイモンさん。どちらも結局、私一人の力で勝った訳じゃない。もう少し、自分に自信が持ちたいんだ」
「……そうか。まあ、無理強いはしないが、これだけは知っておいて欲しい」
サイモンさんは姿勢を正し、私を見据えた。その真剣な眼差しに、私も気を引き締める。
「三つ星冒険者になる条件は『強さ』も勿論だが、もっとも重要視されるのは『偉業を成し遂げた』かどうかだ。それは知っているだろう?」
「ええ、まあ……」
「三つ星冒険者はね、皆に憧れられる人物であることが重要なんだ。『この人がいれば、安心だ』ってね。大衆は英雄を求めている」
なるほど。サイモンさんの言うことも頷ける。ギルドは、人々は、『象徴』を求めているのだ。なら——。
「はは。なら、なおさら私なんかが受けるわけにはいかないよ」
「——火竜戦の記録は読ませてもらったよ。君の奮闘で人々は勇気づけられ、危機的な状況の中、皆は決して希望の火を絶やすことはなかった」
サイモンさんは変わらず、私のことを真っ直ぐ見据えている。だがその眼差しには、優しさが込められているように感じられた。
「だからセイジ君、今すぐでなくてもいい。前向きに考えてもらってはくれないか」
「……ああ。心に留めとくよ」
その心の込められた言葉に、私は真剣に頷く。それを見たサイモンさんは、口元を綻ばせた。
「それに三つ星冒険者という肩書きがあるだけでも、いざという時に立ち回りやすくなるからね。あと、そうだ。もし君がサランディアで三つ星冒険者になってくれれば——」
サイモンさんは、ウインクをした。
「——私の実績にもなる。その時はよろしく頼むよ」
†
その後、サイモンさんとこの国の現状について話し合った。
大っぴらに口にする者はまだいないが、やはり大衆レベルでも不満が募りつつあるようだ。なにやら王はギルドにも無茶な要求をしてきたようだが、『中立』の立場であることを盾に突っぱねたらしい。
民衆の間では、先日誕生したばかりの王女の即位を早くも望んでいる者もいるとか——。
サイモンさんとの話を終えた私は、ギルド長室からホールの方へと戻る。事前に街中の様子を見て回っていたのでだいぶ時間が経ってしまったが、まあ、さすがにエリスはまだ戻っていないだろう——。
「——きゅ、【999】ぅっ!?!?」
「やった! 超えた!」
——私がホールに戻るとそこには。
受付で魔力量計測をし、ぴょんと跳ねているエリスの姿があったのだった——。




