『父』と『母』の物語・出会い 04 —ドワーフの集落—
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昼食を食べ終えた私たちは準備をすまし、何故かこの家の裏口の扉の前に立つ。いや、構造上、この家の裏は岩山に隣接していたはずだが——。
「ささ、セイジ、こっちこっち!」
私の手を引き扉を開けるエリス。そこは——岩壁がくり抜かれたような場所だった。
エリスは壁に手を当て説明をしてくれる。
「『空間魔法』で作れるゲートってね、術者本人しか開けないゲートと、常に開きっぱなしにしておけるゲートの二種類があるんだー」
彼女の半身が壁に入っていく。
「後者は難度が高いんだけど、一回作っちゃえば、ね。この家作ってもらう時に開通したんだけど、便利だよねー」
話には聞いたことがある『空間魔法』。後者を利用した魔道具は、人々の暮らしに非常に役に立っている。この世界にも水道があったりするが、まさにその魔道具を使っているとのことだ。
だが、その魔法の適性を持つ術者は非常に少なく。実際にフリーパスのゲートを作ることが出来る人物なんて初めて見た。
それだけならまだしも——こんな人ひとりが通れる大きさのゲートを作れる術者がいるだなんて、聞いたことがない。
「……す、すごいんだな、エリス……」
「どういたしまして!」
手を引かれながら壁を通り抜けた私は、実際に体験して驚愕する。
そこは先ほどまでとは別の場所、正方形に整えられている部屋に出たからだ。
エリスは私の手を引き、その部屋の扉を開けた。
そこに広がるのは大きく広がる洞窟内の景色。点在する石造りの家。そして道を歩く何人かのドワーフの姿があったのだった。
彼女は私たちの姿に気づいて近づいてきたドワーフに声をかける。
「ちわー、結界の点検にきましたー!」
「……おお、エリス、エリスじゃないか。久しぶりじゃのう!」
「ふふ、久しぶりだね。ねえ、マッカライさんいる?」
「おう、おるぞ。ちょっと待っとれ」
話しかけられたドワーフは笑顔でその場を去っていく。私はニコニコと手を振っているエリスに話しかけた。
「……あの、エリス。そろそろ手を離してもらえないか」
「ん? 照れてるの?」
「ンッ! そ、そんな訳ないだろう!」
「ふふ、冗談だよー」
そう言って彼女はペロリと舌を出す。クソ、可愛いじゃないか。
私の反応を見て楽しんでるのか? そんなヤキモキした気持ちを抱え、斜め上を眺めながら待つことしばらくして。
実に五年ぶりの再会となる、あの人はやってきた。
「おお、エリス……と……まさか、セイジか!?」
「やあ。マッカライさん、久しぶり。元気そうで何よりだ」
「マッカライさん、久しぶりー! いてよかったぁ!」
顔を綻ばせながら再会を喜び合う私たち三人。一通り握手を交わし合ったところで、マッカライさんは疑問を口にした。
「それで、なんでエリスとセイジが一緒にいるんじゃい」
「あのね、セイジがマッカライさんに会いに行く途中、森の中で蜘蛛の巣にかかっていたのを私が助けたの」
「ンッ! エリス、そのくだりは言わなくてもいいだろう……」
「ガハハ! セイジ、確かお前さん、こっちに来た時も蜘蛛の巣に引っかかってたんじゃろ。つくづく蜘蛛の巣に縁があるな!」
「……マッカライさん、そのくだりも言わなくていいだろう……」
「なにその話、聞きたい!」
不貞腐れ、口を尖らせる私を見て更に笑うマッカライさんに興味津々のエリス。
マッカライさんは笑いながら、集落の方を親指で示した。
「まあ、立ち話もなんだ。二人とも、ワシの家に来い」
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「——ふむう。これは派手にやっちまったなあ」
「すまないね、マッカライさん。手入れは欠かさなかったんだが……」
マッカライさんは私の折れた刀を繁々と観察する。
彼の住んでいる石造りの家に招かれた私たちは、腰掛けに座ってマッカライさんの言葉を待つ。
やがてマッカライさんは、静かに刀を床に置いた。
「まあ、修復は無理だな。作り直してやる。三ヶ月ほど待っとれ」
「……さ、三ヶ月……」
私は思わずよろめいてしまう。覚悟はしていたが、やはり苦楽を共にした武器を失ってしまうのは堪えるものがある。
それに、三ヶ月。その間、冒険者稼業はお預けだ。どうしたものか——。
「そう気落ちするな、セイジ。お前が大事に扱っていたのは見れば分かる。そうだな、ちょっと待っとれ」
そう言ってマッカライさんは部屋の奥へと行き、いくつもの長い包みを持って戻ってきた。
中身を察し、目を丸くする私。マッカライさんは一つずつ丁寧に包みから取り出し、それらを台の上に並べていった。
「約束じゃったからな。お前さんから聞いた様々な長さの刀。『太刀』に『小太刀』、それに『短刀』。『クナイ』とかいう投擲武器も用意しといたぞ」
「……マッカライさん……!」
思わず目頭が熱くなる。元はといえば私が無理を言ってマッカライさんに作ってもらった『刀』。その時に話した他のいくつもの刀をも、マッカライさんはこの世界に再現してみせたのだ。
「よかったね、セイジ!」
「……ああ……ああ」
私は刀たちを一つずつ手に取り、じっくりと見入ってしまう。そんな私を見て、マッカライさんは大きく頷いていた。
ああ、これがあれば、冒険が——。
「じゃあ、三ヶ月だね。出来上がったらゲート使って家に持ってきてよ!」
「ああ、別に構わんよ。なんじゃ、お前たち。一緒に住んどるのか?」
「へへー。違うけどそうだよー」
は?
「セイジ! もっといっぱいお話できるね!」
ニコニコしながら顔を近づけてくるエリス。私は仰け反り、混乱した頭を鎮めようとする。
「ま、待てエリス。私が、三ヶ月、君の、家に……?」
「……あ、ごめん……もしかして迷惑、かな?」
私の反応を見て、エリスはとても悲しそうな顔をした。いかんいかん。私は冒険者だ。冒険を続けないと——。
「……いや。迷惑じゃなければ、是非……」
「わあ、よかったあ!」
……こんなに私は、弱かっただろうか。
胸の前でパチパチと拍手をするエリスを見ながら少しだけ喜んでいる自分の気持ちに気づき、私は苦笑いをするしかなかった。




