『父』と『母』の物語・出会い 03 —夜語り—
「じゃあ、この部屋、自由に使っていいからねー」
このロッジ風の建物は、かなりの部屋数があるみたいだ。私は通された部屋に入り、彼女に頭を下げる。
「ありがとう、エリス。お言葉に甘えて厄介になるよ」
「いいのいいの。お話するの楽しいから!」
私の顔を覗き込みながらそう言って、彼女は部屋を出ていった。
私はベッドに座り、折れた刀を鞘から抜き出した。
(……明日にはもう、行かないとな)
名残を惜しむ自分の気持ちに気づき、思わず自嘲してしまう。私は刀身に映る自分の顔に言い聞かせた。
——彼女は『魔女』だ。『魔女』は優しいんだ。だから私に、優しくしてくれているだけなんだぞ——。
「……って、中学生かよ」
私は自分自身に呆れてしまい、刀を鞘に収める。
それからしばらくして。いい加減、布団に潜ろうとしたタイミングで、部屋の扉がノックされた。
「……はい、どうぞ……?」
「んしょ、うんしょ」
「……え、エリス、それは……?」
部屋の扉が開き、なんか彼女が布団を抱えて入ってきたのだ。
状況が理解できず、茫然としてしまう私。フード付きの寝巻き姿に着替えていた彼女は、布団を床に敷いてニッコリと笑った。
「私、ここで寝るから。寝るまでお話の続きしようよ!」
彼女の目は、それはもうキラキラと輝いていた——ってちょっと待て。さすがにそれはマズい。
「ンッ、エリス。あのね、男女が同室というのは……」
「ん? 冒険者ってこういうの、結構当たり前だって聞くけど?」
「……ああ、まあ、駆け出しの頃なんかはそうだが……」
確かにこの世界、パーティや冒険者ギルドで気の合った者同士が宿代を浮かすために男女問わずに同室することは、よくある話ではある。
言い淀む私を見て、彼女は布団の上にポフッと座った。
「それともセイジ、私のこと信用してないのかな?」
「いや、それは逆じゃないか……?」
「ふふ、冗談だよ。でもね、ナーディアから聞いたよー。『あいつ、アタシの誘いに全然乗らない。性欲向こうの世界に置いてきたんじゃないか』って。ナーディア、子供好きだもんねえ。大変だったでしょ?」
ズル。私はベッドから滑り落ちそうになる。何を言っているんだ、あの人は。
だが——何となく分かってしまった。彼女は魔族、数百年は生きているはずだ。私はきっと、子供と同様の扱いをされているのだろう——と、心のどこかで期待をしてしまった自分を戒める。
私は複雑な思いを込めてため息をつき、苦笑しながら立ち上がった。
「分かった、寝るまで話に付き合うよ。ただ、エリス。君はベッドで寝てくれ。私のいた国では、床に布団を敷いて寝るのが割と当たり前だったから」
「へえ、何それ! 詳しく聞かせて!——」
——結局、この日は朝まで語り明かした。
『西の魔女』エリス。魔女の名を冠する通り、彼女もまた、変……いや、普通の人物ではないのかもしれない——。
†
——翌朝。いや翌昼。
どうやらぐっすりと眠ってしまったようだ。なにしろ、まともに布団で寝るのはブリクセン以来。それに昨晩は、溜まった疲労のなかで夜更かしをしてしまったのだ。
エリスは——ここにはいない。私は部屋を出て、ボーっとする頭を覚ますために外の空気を吸いにいく。
表に出た私は、伸びをしながら周囲を確認した。小高い丘、広がる森。背後には、昨日までいくら目指してもたどり着けなかった岩山がそびえ立っている。
確か彼女の張った結界のせいだったか。だが、こうして岩山にさえたどり着ければ大丈夫だろう。一応、エリスに確認はしておくか。
そう考えながら私が身体をほぐしている時。一晩を共にした『魂』の持ち主が、私の姿に気づいたのか手を振りながら駆け寄ってきた。
「おはよー、セイジー!」
「ああ、おはよう、エリス。すまない、少し寝過ぎてしまったようだ」
彼女は私の前にぴょんと立ち、微笑みながら私の顔を覗き込む。
「んーん。私もさっき起きたとこ。少し話し込み過ぎちゃったね」
そう言ってエリスはペロリと舌を出す。その屈託のない彼女の様子に釣られて、私も自然と笑顔になった。
「そうだね、楽しかったよ。それでエリス、何をしてたんだい?」
「うん。世界に挨拶してた」
「……世界に?」
「うん。『おはよー、世界。今日もよろしくねー』って」
不思議ちゃんか。だが、昨晩彼女と話を積み重ねた私は、なんとも彼女らしいなと思ってしまう。
「そうか。世界に、か」
「うん、世界に。それでセイジ。今日、マッカライさんのところ行くんでしょ?」
「ああ、そうだ」
別れの時は近い。ただ願わくば、またこの人とこうして話す機会があるといいな——。
と、私が目を細めてエリスを見ていたら、彼女はあっけらかんと言い放った。
「じゃ、ご飯食べたら出かけよっか。久しぶりだなあ、ドワーフのみんなに会うの!」
「……へ?」
——どうやら私とエリスは、もう少しのあいだ一緒にいられるみたいだ。




