『父』の物語・冒険 13 —迷いの森の誠司—
——翌朝。
気持ちのいい朝。支度を終えた私たちは、夜営をしていた洞穴の外で会話を交わしていた。
「本当にいいのか、セイジ。街まで送ってかなくて」
「ああ。大丈夫だ、ノクス。私の武器を作ってくれたドワーフがこの近くにいてね。修理がてら、ちょっと酒でも酌み交わしてくるよ」
「でも大丈夫なの? あなたが強いのは分かるけど、武器もないのにこの森の中……」
不安そうな表情で声をかけてくれるミラに、私は心配させまいと笑顔を作って答えた。
「なあに。私には『魔物を察知する』力があってね。それに地図もある。君たちこそ帰り道、浮かれてつまらない怪我なんかするんじゃないぞ?」
「なっ!」
「もう!」
私の言葉に顔を赤らめる二人。
昨晩の戦いのあと、この二人はどうやら婚約をしたらしい。彼らは出会って間もない私に対し、それはもう嬉しそうに報告をしてくれた。
私たちは語り合った。それぞれが、どんな道を歩んできたのかを。
どうやら私たちは気が合うみたいだ。笑い合い、驚き合い、時間はあっという間に過ぎていった。
正直語り足りなかったが、なに、彼らとはサランディアに行けばいつでも会える。
私は二人に手を差し出した。
「じゃあな。ノクス、ミラ。国王の件、大変だと思うが……頑張るんだぞ」
「ああ、まあ心配するな。それよりセイジ。お前さん、サランディアに寄ったら絶対に顔出せよ。祝儀を持ってな」
「こら、ノクス……。じゃあね、セイジさん。あなたこそ、気をつけてね。街で待ってるわ」
「ああ」
私たち三人は、固い握手を交わす。
別れの挨拶の済んだ私たちは、互いに背を向けて歩き出した。
だが——私は思い直し、二人の背に声をかけた。
「ノクス、ミラ——」
立ち止まり振り返る二人。これから新しい人生を歩み始める二人。
そう。私はこんな時に彼らに掛ける言葉を、知っている。
「——二人とも頑張れよ。良い旅を」
†
「…………ゼィ…………ハァ…………」
ノクスたちと別れてから三日。
私は——森の中をさまよっていた。
おかしい。私は立ち止まり、以前にマッカライさんから貰った地図を見返す。
ヴァナルガンドと戦った場所から彼らドワーフ族が住む岩山まで、二日もあればたどり着けるはずだった。
だが、歩けど歩けど彼らの集落どころか岩山ですらたどり着けていない。
地図が間違っているのか? とも最初は思ったが、どうやらそんなレベルの話ではない。
岩山を目指して歩いていたはずが気がつけば逆方向に歩いていたり、更には太陽ですら見上げるたびに違う方角にあったりするのだ。
「……まずいな」
今の私には武器がない。私は遠方に現れた魔物の『魂』を避けるように進路をとる。
この森が『迷いの森』と呼ばれていることは知っていたが……まさか、本当に人を迷わす不思議な力があるだなんて思ってもいなかった。
こんなことなら、ノクスたちと共にいったん街へ戻っておけば良かったか——
——そんなことを考えていた時だ。
「……ぐっ!」
私は疲労からか、足がもつれて転んでしまった。情け無い。
どんなに強くなろうが、こんなものだ。私は立ち上がり、また方角が変わってしまった岩山を目指し歩き始めるのだった——。
†
「…………死ぬかも……しれないな……」
私は暗くなっても歩き続けていた。
視界は悪いが、草木の『魂』を見て歩けばなんとかなる。動けるうちに動かねば。
だが、相変わらず木々の隙間から見える月や星の位置は見上げるたびに変わっていた。それさえまともなら、何とかなるのに——。
その時。私はまたもや蹴つまずいて転んでしまった。
「……ああ……クソ……」
どうやら柔らかい場所に倒れ込んだらしく、怪我などはなさそうだ。
しかし——私はこの覚えのある感触に、顔を青くする。
「……おい……まさか……蜘蛛の巣か……?」
身体を動かそうとするが、ろくに動かない。もがけばもがくほど絡まっていく。
——あの時と、同じだ。
「…………ふざけんな、よ……」
暗闇の中、あの日の記憶が蘇る。この世界に来た、あの日を。
無力だった私は蜘蛛の巣にとらわれ、『巨大蜘蛛の魔物』に襲われたのだった。
私は自嘲気味に笑う。
「……はは……あの時から……何も変わってないじゃないか……」
それなりには強くなった。知識もついた。自信もついた。
だが結局、私はこんなものなのだ。あの時から何にも変わっちゃいない。
「……もう、ダメだな……」
幸い、半径五百メートル以内に魔物の『魂』はない。しかしこの状況、魔物が通りかかるのが先か、私が衰弱して死ぬのが先かといったところだろう。
「……すまない、オフィーリアさん、ナーディアさん。約束を……果たせなくて……」
私は私の敬愛する魔女二人の顔を思い浮かべながら、やがて意識を手放すのだった——。
†
「——……しもーし、もっしもーし……」
目の前に灯りがかざされる。女性の声だ。
私は薄っすらと目を開ける。そこには——
——私のことを至近距離で眺める女性の顔があった。
「……うおっ!」
「あ、起きた。ねえ、こんなところで何してるの?」
女性は屈託のない笑顔を浮かべ私に尋ねる。
白いローブに、これは魔族の耳か。束ねられた長い銀髪が灯火の明かりを反射し輝いて、ただひたすらに美しい。
思わず見惚れてしまった私は苦笑し、彼女に答えた。
「……見ての通りだ。情け無いことに蜘蛛の巣にかかってしまってね。どうしようか考えていたところだ」
「ふふ。その割には気持ちよさそうに寝てたけど?」
彼女は口元を押さえ、クスッと笑う。そして一つの言の葉を紡いだ。
「——『汚れを落とす魔法』」
その魔法の効果が現れると、私に絡まっている蜘蛛の巣はみるみるうちに解けていった。
身体が自由になった私はギルドカードを取り出し、彼女に礼を言う。
「……ありがとう、助かった。私はセイジ。二つ星冒険者のセイジ・カマツカだ」
「良かった。悪い人じゃないんだね」
ガク。私はよろめく。それを確かめるのは、助ける前の方がいいだろうに——。
そんな彼女は、ギルドカードと私の顔を交互に見比べて何やらつぶやいていた。
「……それにしても『セイジ』か……ふーん……」
「……あのー、すまない、君は?」
私の言葉に彼女はハッとした様子を見せ、後ろに手を組んで私の顔を覗き込んだ。
「——私はエリス。『西の魔女』って呼ばれてるんだ。もしかして知ってるかな? よろしくね、セイジ!」
暗い森の中、彼女の笑顔が私を照らす。
——これが将来、私の妻となる女性、エリスとの出会いであった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第二章完。物語は「『父』と『母』の物語」へと続いていきます。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。




