『父』の物語・冒険 11 —月下炎舞—
翌晩。
三人は再度、ヴァナルガンドの前に並び立つ。
その彼らの表情を見たヴァナルガンドは、ニィと口端を上げた。
「ほう……昨晩惨敗した割には、いい顔をしているな」
「惨敗? あんなのは不意打ちだ。一度見てしまえば、どういうことはないよ」
「フン、ぬかすわ。命のやり取りなら、その一度で終わっていたのだぞ?」
睨み合い、不敵に笑う誠司とヴァナルガンド。
風が吹いた。月明かりの下、青い炎が燃え揺らめく。
誠司はノクスとミラの二人と目配せを交わし、今、神狼を討たんと駆け出すのだった——。
†
「ふんっ!」
誠司とミラの速攻に気を取られている隙に、ノクスの全力を乗せた一撃がヴァナルガンドを襲う。
それを跳ねかわしたヴァナルガンドは、感嘆の息を吐いた。
(……ほう、昨日よりもだいぶ、動きがいいな)
昨日の今日で急に実力が上がったわけではない。しかし三人から感じられる連帯感。それが強者を求める彼の心を震わせる。
「フハハ、いいぞいいぞ! さあ、もっと我を楽しませてみせよ!」
「……はは。努力するよ、ヴァナルガンド」
誠司が跳ねる、ミラが避ける、ノクスが振り下ろす——。
どれほどの時間、駆け巡ったであろうか。
ヴァナルガンドが終始押しているとはいえ、三人は見事な連携をとり彼と渡り合っていた。
(……人間族にもこのような者たちがいるとはな……)
特にノクスという男。彼の膂力から繰り出される強烈な一撃をまともに受けてしまえば、例えヴァナルガンドといえど無事では済まないだろう。
そして——。
—— 斬
ノクスに気を取られている隙に、誠司が的確に後脚の同じ箇所を斬り抜ける。いかに頑強な身体を持つヴァナルガンドといえど、これだけ執拗に攻撃を加えられればさすがに傷口から血が流れ出す。
そして、その要の二人をサポートするように立ち回るミラ。『身を軽くする魔法』で軽やかに動く彼女は縦横無尽に駆け回り、ヴァナルガンドを翻弄することに成功していた。
「——『放水の魔法』」
「助かる、ミラ」
ミラの『放水魔法』が誠司の服に燃え移った炎を消す。
この魔法は普通の水魔法のように水を生み出すことは出来ない。だが、近くに水源さえあれば水を放てるという、騎士団御用達の対火災用の魔法だ。
肩で息をしながらも輝いた目でヴァナルガンドを見据え駆け続ける三人。
神狼であるヴァナルガンドと、見事に渡り合う——そんな彼らを見て、ヴァナルガンドは高笑いをし始めた。
「ファーハッハッ! 愉快だ、愉快だぞ! セイジ、ノクスウェル、ミランダよ!」
誠司とノクスが不敵に笑う。ミラは今のうちにとチョコレートを口の中に放り込む。
ヴァナルガンドは笑いを止め、身を屈めた。
「——では、行くぞ」
次の瞬間、ヴァナルガンドは跳ね——宙を駆け上り始めた。
——来る。
昨晩やられた『遠吠え』だ。誠司とノクス、ミラは互いに視線を交わし、頷きあう。
やがて天に立った神狼は、満月を背に咆哮を始めた。
——遠吠え、一つ。
その声に呼応し、ヴァナルガンドの周囲に青白い炎が次々と浮かび上がる。
ミラは天を見ながら誠司に駆けより、すれ違いざま一つの魔法を彼に唱えた。
「——『身を軽くする魔法』」
——遠吠え、二つ。
青い炎の雨が、次々と降り注いでくる。
三人は必死に避けかわす。地を穿つ炎塊。鳴り響く轟音。弾ける青炎が周囲を青一色に染め上げる。
だが、昨晩もここまではかわしきれた。誠司は終わり際を見計らって、ノクスの元へと駆け寄る。
——そして、遠吠え、三つ。
その音が響き渡る前に、誠司はノクスの大剣の刀身に飛び乗った。
「うおりゃあぁぁっ!!」
ノクスのアッパースイングが、『身を軽くする魔法』で軽くなっている誠司を勢いよく宙へと飛ばし上げる。
だが、その誠司は——ヴァナルガンドから大きく外れて、明後日の方向へと飛ばされていった。
ヴァナルガンドの全身が青炎に包まれる。
見当はずれの方に飛ばされた誠司を目端で見やり、ヴァナルガンドは地表の女性に意識を向けた。
彼女、ミラは——不敵な笑みを浮かべながら、光輝く剣を掲げてヴァナルガンドのことを真っ直ぐに見ていた。
「……面白い。受け止めてみるか、ミランダよ!!」
今や一つの青い塊となっているヴァナルガンドは、ミラ目掛けて真っ直ぐに降り注いだ——。
ヴァナルガンドの標的が自分であることを確認したミラは、言の葉を解き放った。
「——『放水の魔法』!」
地面に向けて放たれたその魔法は、水圧でミラを勢いよく後方に吹き飛ばした。
(……ぬうっ!?)
『身を軽くする魔法』のかかっているミラは、水に乗って一瞬にして距離をあける。
直後、青い彗星は地表に落ち、激しい衝突音を響き渡らせた。砂煙が上がる中、ヴァナルガンドは失望の眼差しをミラに向ける。
「……ミランダよ。何かある訳では、なかったのか……?」
剣にまとう光。自信に満ちた表情。ヴァナルガンドを迎え撃つ、『何か』があるのかと期待したのだか——。
その問いにミラは、光をまとう剣先をヴァナルガンドに向けて答えた。
「——ええ、あるわよ」
ソレは、高台から音もなく飛び立っていた。それを視界に捉えたミラは、口端を舐めてつぶやいた。
「——『全ての魔法を、解除』」
ミラの剣から光が消える。
そう、それはただの誘導灯。『灯火の魔法』を剣に貼り付けただけの、ただヴァナルガンドの気を引くためだけのもの。
本命は——。
軽やかに宙を跳ぶ男の影が、満月を背後に浮かび上がる。
ミラに気を取られていたヴァナルガンドは、一瞬、反応が遅れてしまい——
——『身を軽くする魔法』の効果が解かれた誠司が、重力を乗せた一撃と共にヴァナルガンドの背に降り注いだ。
「…………ぐおぅっ!」
深々と突き刺さる誠司の刃。不意を突かれた背中の痛みに、ヴァナルガンドは思わず仰け反ってしまった。
ミラは頬を緩める。
「——さあ、格好いいとこ、見せてちょうだいね」
そう、本命は——。
「どおおりゃああぁぁぁっっ!」
ノクスは駆け寄り、雄叫びを上げる。
はち切れんばかりに膨れ上がる肉体。浮かび上がる血管。その両腕から、全力を乗せた大剣が勢いよく投擲された。
放たれた必殺の一撃は、仰け反り首をあらわにしているヴァナルガンドへと真っ直ぐに飛んでいき——
(……やったぜ、ミラ)
——見事、神狼の喉に、深々と突き刺さったのだった。




