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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第一部 第四章
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そして私は街を駆ける 14 —『売れ残り』—





 誠司とノクスは正面玄関から堂々と屋敷の中に入り、一階を進んでいた。


 人員の配置から敵の首領は三階部分にいると誠司は予測したが、少し気になる事があると一階の奥の部屋へと向かう。


 そして、また一人、曲がり角で待ち伏せしていた者を誠司は斬り捨てた。


「私に不意打ちは通用しないよ」


 そう言って刀をしまう誠司に、ノクスは頼もしさを感じると同時に、思うところもあり誠司に苦言をていす。


「なあ、セイジ。事態が事態なだけに、あまりうるさくは言わんが……何も片っ端から殺す事はねえんじゃないか?」


 そう、誠司は屋敷に入ってからここに至るまで、出会った者全員を斬り捨てている。


 ここサランディア王国では、人身売買は固く禁止されている。主犯格は間違いなく極刑だ。そして、そのグループの壊滅の為なら、それに与する者、邪魔する者は斬られても致し方ない。ここはそういう世界なのだから。


 だが——とノクスは思う。騒がれたくないのはわかるが、何も殺さなくても、というのがノクスの率直な意見だ。そのノクスの言葉に、誠司は考えこむ。


「——そうだな、すまない。エリスののこした世界にこんな奴らが蔓延はびこっているのが許せなくてな。確かに君の立場上、困るよな。気をつけよう」


 ——そういう事じゃねえんだけどな、とノクスは頭を掻く。


「ま、あれだ。リナちゃんに見られてる、と思って行動してくれ」


 何故、莉奈——と誠司は言いかけたが、頭の中の莉奈が誠司を睨む。なるほど、これは一つの指針になりそうだ。


「わかった、肝に銘じる」


 そう返事し、ある部屋の前で誠司は歩みを止めた。



「ノクス、この部屋だ」


「この部屋に何かあるのか?」


 ノクスの問いに、誠司は南京錠を外しながら答える。


「ああ。私の推測が正しければ、別に後回しでもよかったんだが……まあ、見れば分かる」


 部屋の中にいるのが敵の一味だった場合は逃がしたくない。だが、そうではなさそうだった。誠司は上階の魂の動きにも気を配る——大丈夫、奴らは逃げる気はなさそうだ。


 カチャリ、と鍵が外れた。誠司は扉を引き開ける。


 質素な部屋。家具はない。シーツとも呼べない布切れが、何枚か床に敷かれている。


 そして、部屋のすみには、痩せ細った女性が四人寄り添い、怯えた目でこちらを見ていた。誠司は膝をつき、柔らかい口調で女性達に語りかける。


「私達は敵ではない。隣にいるのはこの国の重鎮じゅうちんだ。君達を助けにきた」


 誠司の言葉を聞き、女性達は目を見合わせる。そして、その内の一人が少し前に出て、おずおずと口を開いた。


「……本当……でしょうか?」


 そう言った女性の目に、生気は宿っていない。まるで何も期待していないかの様に。そんな女性の姿を見たノクスはギョッとし、誠司に尋ねる。


「セイジ、この人達は一体——」


 その質問には、誠司ではなく女性が答える。


「……私達は『売れ残り』です」


「……売れ残り?」


「はい。どこからも買い手のつかなかった私達は、新たに攫われてきた人達の世話をしています。食事や、排泄物などの……」


 女性はうつむきながら話す。ノクスはうなり、女性達に質問をした。


「君達は……サランディアの者ではないのか」


「はい。私はだいたい半年位前に、ここより東のジルという村で攫われました」


「ジルか。あそこは確か今は……自由自治区だったね」


 誠司はかつて旅をした時の記憶を思い出す。


 このトロア地方の中央部は今は自由自治区となっており、最低限のルールだけを設け住民が暮らしている土地だ。


 自由自治区と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば誰からも見捨てられた土地である。


 そして自由である反面、自警団程度の犯罪抑止力しか持たず、こういった組織ぐるみの犯罪の格好の的となってしまう。


「なあ、ノクス。サランディアは中央部をまだ放ったらかしにしているのかね」


 誠司の問いに、ノクスは苦々しい顔をする。


「ああ。『厄災』の影響で死んだ土地だ。他の国とも協議は進めてはいるがな。難しい土地であることは、お前さんも知っているだろう?」


「まあ、な」


 誠司は思い出す。『厄災』の影響を。中央部だけはどうにもならなかった事を。現状、国同士で押し付け合いの形になってしまうのも、無理はない事を。


 ただ、そこにも土地を捨てずに生き抜く者達がいる。


「ただ、今回の件を王に報告する際、進言はしておくよ。犯罪の温床の地となってしまったら、流石に見過ごす訳にはいかないからな」


 そう言ってノクスはかぶりを振った。誠司はため息をつき、女性に向き直る。


「それで、君達は見たところかなり痩せ細っているが……ちゃんと食べさせて貰っているのかね」


 誠司の問いかけに、女性は肩を震わせた。


「はい……男達の夜の相手をすれば……残飯を……」


 そこまで言って、女性は嗚咽おえつを漏らした。空気がひりつく。ノクスが壁を叩く。


「……でも……動けなくなったり……腹の大きくなった者は……居なくなっていって……」


「……そこまででいい。もう大丈夫だ。あと少しだけ待っててくれ」


 むせび泣きながらポツリポツリと語る女性を止め、誠司はゆらりと立ち上がった。


 誠司には見えてしまった。この女性達四人の内、すでに三人の腹の中に小さな魂が宿ってしまっているのを。


「なあ、ノクス。悪い——」


 誠司は天井の更に先を見上げる。頭の中の莉奈が揺らいで消えていく。


「——皆、殺す」



 


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