『父』の物語・冒険 08 —調査任務—
ミラはタオルを畳みながらノクスに尋ねる。
「ねえ、ノクス。うちの父が今の王のやり方、許せると思う?」
「……いや、ねえな。ミラの父さんは俺たちの村のことを……領民を第一に考えてくれていた。当時ガキだった俺でもわかる」
「それで……そんな父のことを、陛下はどう思うかしら?」
「………………」
ノクスは髭を撫でながら考える。いや、考えるまでもない。陛下は疎ましく思うはずだ。そう、王に苦言を呈した、ノクスのように。
「そういうこと。陛下は父への当てつけで私を副団長に任命し、例え危険な任務だろうと断れない立場に置いた。言ってみれば人質ね」
「……馬鹿な。そんなことのために……」
「今回の任務だってそう。団長と副団長の二人を名指しでの調査任務なんて、普通ありえないわ。ノクス。陛下に楯突いたあなたなら、身を持って知っているはずでしょ?」
「……まあ、な」
ミラの言う通りかもしれない。王は、反王派であるアドルラート子爵を牽制するため、その娘のミラを自分の命令が届く範囲に置いたのかもしれない。
表向きは名誉ある人事なところが、またいやらしい——。
小川の流れを見ながら深く考え込むノクス。ミラは腰掛け、荷物からチョコレートを取り出してかじった。
「んー! 甘いものは脳に沁みるわぁ……やっぱコレよねえ……」
「……ミラ、相変わらずだな。余分な肉がつくぞ」
「あら。私が太ったところ、見たことある?……あ、もしかして——」
ミラはジト目でノクスを見つめた。
「——肉付きのいい女は嫌い?」
「……バ、バカ。部下の体調を心配してるだけだ!……少し休んだらいくぞ!」
顔を赤らめそっぽを向いてしまうノクス。そんな彼の反応を見て、ミラはクスッと笑った。
そしてピシッと立ち上がり、口の周りにチョコレートをつけたまま騎士の礼をとる。
「はい、了解しました団長! アドルラート、いつでも動けます!」
「……ったく、お前さんは……ほら、口の周り、チョコついてるぞ」
頭を掻くノクスを見て、ミラは口を前に突き出した。そんな彼女の口元を、ノクスは指で拭いとってやるのだった。
†
彼らが今回受けた任務はこうだ。
——最近夜になると、西の森の北西部の空が青く輝き出す。その原因を調査せよ、と。
まあ、いつものように彼を遠ざける為のでっち上げの任務か、せいぜい何かの見間違いだろうとノクスは思っていたのだが。見張り兵の話では、どうやら本当にその現象は起きているらしい。
もしそうだとしたら事だ。魔物のしわざか、凶事の前触れか——いずれにせよ、速やかに調査に向かわなくてはならない。
本来このような時こそ『騎士団』として動かなくてはならないのだが、国王デメルトロイはノクスとミラの二人だけを指名した。
魔物の跋扈する深い森の中、何が待ち受けているかもわからない場所に、ノクスだけならまだしもミラを連れてだ。
もし彼女に何かあったら——。
「——はっ!」
薙ぎ払われたミラの剣が、飛来してきた『巨大蝙蝠の魔物』を両断する。
彼女は馬を走らせたまま、慣れた手つきで剣を鞘に収めた。
それを振り向いて見ていたノクスはため息をついて前に向き直る。ミラはノクスに並び、彼に尋ねた。
「どうしたの、ノクス。さっきからため息ついちゃって」
「……いや。いらねえ心配してんのかな俺は、ってな」
「なんの心配?」
「……さあな。ほれ、ミラ。そそろそろ陽が落ちる。目的地も近い。警戒しろ」
「了解。灯りは?」
「頼む。必要があればすぐ消せるようにはしといてくれ」
ミラの照明魔法が、道を照らし出す。闇に飲まれていく森の中を、二人は粛々と進み続けるのだった——。
†
木々の隙間から満月が顔を覗かせ始めた頃。二人は目的の場所付近へとたどり着いた。
青い光はまだ観測できていない。夜営の準備を終えたノクスは、空を眺めながら携帯食をかじる。
空が青く輝く原因、それは何か。ノクスは考える。
自然現象ならいいが、もしも魔物が原因だった場合は一大事だ。遠く離れていても観測できる光。それだけの強大な力を持つ相手だということになる。
——その時、俺はミラを守ってやれるだろうか。
険しい顔で考え込むノクスに、ミラは湯気の立ち昇るカップを差し出した。
「はい、ノクス。ハーブティー。あったまるわよ」
「おう、ありがとな」
春先とはいえ、夜はまだまだ寒い。ノクスは受け取ったハーブティーを飲みながら、ミラに話しかけた。
「ミラ。俺が見張っているから、お前さん、無理せず寝てろ。何かあったら叩き起こしてやるから」
「それって、団長命令?」
「部下の心配して悪いか」
ノクスは夜空を見上げながらぶっきらぼうに答える。ミラはノクスにもたれかかって同じように空を見上げた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、それって公私混同じゃない? 仮にも私は副団長なんだから、気なんかつかわないでよ」
「……公私混同してんのはどっちだよ」
「あら。身体を寄せ合って暖をとるのって、合理的だと思うけど?」
クスッと笑うミラ。ノクスは深いため息をつき——
その時だ。空が青く、輝いたのは。
ノクスは急ぎ、立ち上がる。支えを失ったミラもよろめきながら立ち上がり彼に並び立つ。
二人が警戒をし空を眺めていると、立て続けに激しい爆撃音らしきものが辺りに響き渡った。
「……ミラ、行くぞ。俺から離れるな」
「……ええ」
二人は音の聞こえてきた方へと静かに動き出す。
どうやら魔物が絡んでいるようだ——。予感が悪い方へ的中したと悟ったノクスは、顔を歪めながらミラと共に駆けるのだった。
†
やがて高台にたどり着き、現場を見下ろした二人は息を呑む。
そこに見えたのは、青白い炎を四肢にまとわせた巨大な狼。魔物だとしても大きすぎる。ごく稀に観測される『特殊個体』、その認識で間違いないだろう。
もしそれだけだったら、いったん退避して国に報告をしに戻るという選択肢があったのかもしれない。
だが、その場所には——その狼に対峙する一人の男の姿があったのだ。
「……ねえ、ノクス。助けなきゃ……」
ミラが震える声でノクスに訴えかける。それを聞いたノクスは、声をひそめながら指示を出した。
「……ああ、俺が行く。ミラ、お前は逃げろ。逃げて国に報告をしてくれ」
「……ノクス!」
「団長命令だ」
ノクスはミラに告げ、静かに立ち上がった。悲痛な表情をその顔に浮かべるミラ。
二人が苦しい決断を迫られたその時。突然、狼に対峙している男は構えを解いた——。
「どうした、セイジ。早くも降参か?」
「……いや、ヴァナルガンド。どうやらお客さんみたいだ」
青炎と満月が辺りを照らす中、男は高台の上に現れた二つの『魂』を見上げる。
鎌柄誠司、二十一歳。神狼ヴァナルガンドと戦闘を重ねる、とある一夜。
これが誠司の生涯の友となる男、ノクスウェル・ベッカーとの出会いであった。




