『父』の物語・冒険 05 —星に誓って—
「やあ、二人とも、ただいま」
衣服屋に頼んでいたものを受け取って着替えてきた私は、いまだに酒を酌み交わしている二人に声を掛ける。
「……あ、セイジさんおかえりっす……って、なんすかその格好」
「おっ、誠司。結構似合ってるじゃないか」
「はは。どうだい彗丈、懐かしいだろう?」
私は腕の袖をピンと引っ張って二人に見せる。ジュリ君はしばらく首を傾げていたが、やがて頷いた。
「うん。確かに通気性がよくて動きやすそうっすね。これ、セイジさんの国の服っすか?」
「ああ、そうだ。これは『作務衣』といってね。どうだい、これを着ていれば、私が私の国から来たことがわかるだろう?」
そう。私は彗丈と出会えたことにより、この世界には他にも転移者がいるんじゃないかと考えた。
なので私はアピールをすることにした。この世界には存在しないであろう『作務衣』。これを着ていれば、もし私たちの他に転移者がいた場合、ひと目見れば私の素性に気づくかも知れない、と。
彗丈が感心したように頷く。
「そうだね、どこから見ても日本人だ。間違いなく、同郷人が見たら気づくだろうね。それに誠司。眼鏡も作ってもらったんだね」
「ああ。最近、視力が落ちてきていてね。まあ、わかってはいた事だが……ンッ」
私は元の世界の話をしようとしたが、ジュリ君の手前、咳払いをして誤魔化す。別に転移者だということを隠したい訳ではないが、突拍子もない話だ。信じてもらえるかわからないし、何より説明するのが面倒くさい。
だから私と彗丈は『東方の同じ国の出身』と、普段そう周囲には説明してある。
そんな私の様子を気にすることもなく、ジュリ君は私たちに尋ねた。
「それでお二人さん、今後のご予定は? 次の街に行っちゃうんっすか?」
「そうだな。彗丈が店を出したいみたいでね。あと数日ほど滞在したら、ブリクセンの方に向かおうと思っている」
「あー……セイジさんの魔物のいる場所がわかる力、助かるんっすけどねー。ま、そういうことなら仕方ないっす。じゃ、ちゃんとした店で飲み直しましょっか。火竜の話も聞きたいし。ささ、早く早く!」
「ああ。私も全然飲んでないしな、行こうか」
「……二人とも、まだ飲むんだね……」
こうして私たちは冒険者ギルドを後にする。
私は夕焼け空を眺め、思い返す。火竜との戦いを。
竜は、強かった。私はまだ未熟だ。もっと、もっと強くならなくては——。
気持ちの良い作務衣の着心地を肌に感じながら、私は決意を新たにするのだった。
†
その夜の冒険者ギルド。そこに、まるでドレスに着せられているような姿の女性が訪れた。
従者を一人引き連れた彼女は周囲をキョロキョロと見回した後、受付嬢に話しかける。
「あの、ちょっといいかしら?」
「セレス様!……どういったご用件でしょう……?」
周囲の冒険者の視線が集まる。『東の魔女』セレス。この国の指導者だ。そんな彼女が、なんでここに——。
そのように注目を浴びる中、セレスは声を潜めて受付嬢に問いかけた。
「……あの……二つ星冒険者のセイジ、っていう人は……いる?」
「……セイジさん、ですか……」
受付嬢はギルド内を見渡して、困った顔を浮かべた。
「夕方くらいまではいたのですが、その後は……」
「……そう。ねえ、教えて。どんな人? 経歴は? どこに宿をとっているのかしら?」
「あ、あの、いくらセレス様でも、冒険者の個人情報をお教えするワケには……」
「マッケマッケ。法改正の準備を」
——スパーン!
マッケマッケのハリセンがセレスを打つ。
「セ、レ、ス、様ぁ!? 私情で国を動かさないでください! それにギルドは中立だから意味ないですよっ!?」
「……いたた。でもね、マッケマッケ、でもね……グスン」
乙女の表情で口を尖らせるセレス。マッケマッケは深く息を吐き、受付嬢に謝罪をした。
「すいません。居合わせればと思い覗いてみただけなんで。今、連れて帰りますねえ」
「は、はあ……」
キョトンとする受付嬢。マッケマッケはセレスを引きずって、冒険者ギルドを後にする——。
「ほら、セレス様。ちゃんと歩いて!」
涼やかな夜風が吹く中、マッケマッケに促されてようやくセレスは真っ直ぐ立った。そして決意を込めた眼差しで、空を見上げる。
「……マッケマッケ……私、決めたわ」
「はい?」
「……私……私、あの人に相応しい女になってみせる。そして、もし次に出会えた時……私、あの人に交際を申し込むわ……あの星に誓って!」
「は、はいっ!? どの星ですか!?」
話が飛躍し過ぎてついていけないマッケマッケ。セレスは星空を見上げ、目を輝かせている。
「……だからマッケマッケ。協力してちょうだい。私の、花嫁修行に!」
「……え。ああ、はいはい。はあ……セレス様って、超がつくほどの恋愛脳だったんですね……」
「ん? 何か言ったかしら、マッケマッケ」
「……いえ、なんでも」
まあ一時的なものだろう。マッケマッケは適当に相づちを打つ。
しかし、まさかセレスが本気の本気だったとは。
彼女に付き合わされるマッケマッケはその後、身を持って知ることになるのだが——それはまた、別の話である。




