『父』の物語・冒険 02 —囮—
街の入り口から外に出た私は、辺りを見渡す。
慌ただしく動いている民兵たち。不安そうな表情で話し合っている文官らしき人たち。
私はその文官らしき者たちの一人に近づき、ギルドカードを見せながら話しかけた。
「失礼、二つ星冒険者の誠司だ。状況はどうなっている?」
「……冒険者の方……手伝っていただけるのですか?」
「ああ。だから詳しく状況を……いや」
私は五百メートル圏内に入ってきた竜の『魂』を認識する。どうやら時間はなさそうだ。
「……来てしまったな。すまない、『水の障壁魔法』を使える者はいるかな?」
「それなら私が!」
「すまない、よろしく頼む」
短いやり取りの中で、私は竜と戦う意思を示す。察した文官の女性は急いで言の葉を紡ぎ、私に水の障壁を張った。
「ありがとう。邪魔にならないように立ち回る。それでいいかな?」
「……はい! 申し訳ありません、ありがとうございます!」
私は文官に軽く手を上げ、竜のいる空を睨む。
口から炎を漏らす赤い竜。それはもう、街のすぐ近くまで迫り来ていた。
「……あれが竜ってやつか。さて、どうしたもんかね」
†
私は戦場を注視する。
街の外壁の上から一斉に放たれる、民兵たちの矢。
その攻撃を意に介した様子もなく、街に向けて炎を吐き出す火竜。
街に張られた結界が炎を防ぐ。だがその結界も、いつまで持つかは分からなかった。
(……チッ。空を飛ばれると、どうにもならないな)
私は舌打ちをし、街の外壁の上へと駆け上がった。そこでは火竜に向かって魔法や矢を放つ、民兵たちの声が響いていた。
「怯むなっ、撃て、撃ち続けろっ!」
「セレス様が戻ってくるまで、なんとか持ち堪えるんだっ!」
民兵たちは、叫び、駆け回り、空を飛ぶ火竜に攻撃を仕掛ける。その彼らの瞳は、誰一人として輝きを失っていない。
士気は十分、いいじゃないか。笑みをこぼした私は、この場を指揮しているであろう人物の元へと駆け寄った。
「二つ星冒険者の誠司だ。助勢する」
「……ああ、すまない、助かる。あんた、魔法は使えるか?」
「いや、残念ながら。だから——」
私は火竜を見据え、指揮をしている男に伝えた。
「——私が囮になる。逆鱗とやらを狙ってくれ。火竜を街から、引き離すぞ」
†
私の狙いを聞いた男は、苦渋に満ちた表情で私を見つめた。そして、呻き声を漏らす。
「……危険だ。それに、もしあんたがやられてしまったら……」
「いや、どちらにせよ少しは時間稼ぎになるはずだ。そうすれば、あなた達の敬愛する『東の魔女』が間に合う可能性が高くなる」
私の眼差しを受け止める男。やがて彼は、覚悟を決めたのか口を開いた。
「……ああ、セレス様は必ずお戻りになる。すまない、頼まれてくれるか?」
「ああ、任せろ——」
私は私の敬愛するオフィーリアさんとナーディアさん、二人の顔を思い浮かべ、彼に返事をした。
「——『魔女』はすごいんだ。きっと、間に合ってくれるさ」
†
「総員、逆鱗狙い! 竜を怒らせろ!」
私の提案を受け入れた彼、部隊長は、外壁の上から攻撃を仕掛けている民兵たちに号令をかける。
その号令を聞いた民兵たちは、一斉に火竜の逆鱗目掛けて攻撃を仕掛けた。
——竜の逆鱗には触れるな。
それはどうやら、こちらの世界でも同じようだ。冒険者ギルドで聞いたことのある情報だと、もしも竜の逆鱗に触れてしまったら、手がつけられなくなるほど怒り狂うらしい。
しかし——。
やがて無数に放たれる内の一本の矢が火竜の逆鱗に刺さった。途端、大きな叫び声を上げる火竜。
部隊長の号令が響く。
「総員、伏せろっ!」
竜の視界から逃れるように、身を隠す民兵たち。
火竜が赤々とした眼でこちらを睨む。
その視線は——その中で唯一立って火竜を睨んでいる、私を捉えた。
——竜の逆鱗。それに触れた者は竜の怒りを買う。そしてその特性上、その眼に捉えた者から目が離せなくなる。
思惑通りだ。私は口角を上げ、外壁から飛び降りた。
「——さあ、始めようじゃないか」
火竜は炎を吐き出しながら、一直線に私に向かって突進してくる。しかしその身体は、結界に打ちつけられた。
が。
パリン、というような音が聞こえたような気がした。どうやら火竜の攻撃を受け続けていた結界は、その役目を終えたらしい。
危なかった。もう少し遅れていたら、街は危険にさらされていたことだろう。
「こっちだ!」
私は持ち前の機動力を活かし、駆ける、駆ける、駆ける。
炎が吐かれる。鋭い鉤爪が急襲してくる。
それらの攻撃を『魂』の動きを見て躱す私は、やがて街からある程度引き離した位置で火竜に向き直った。
私は刀を抜き、構える。火竜は空から急降下をする。
竜。単独討伐できれば、偉業と認められる相手。
なかなか面白いじゃあないか。相手にとって不足はなし、だ。
私は、吠えた。
「さあ、来い!『魔女』が戻って来るまで、私が相手だ!」




