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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第一章
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『父』の物語・旅立ち 06 —旅立ち—






 オフィーリアさんが亡くなってから二年、私は十六歳になっていた。


 ナーディアさんも当初は元気をなくしていたが、今ではすっかり元の彼女に戻り、オフィーリアさんから引き継いだ『南の魔女』としての役目をこなしている。



 そんなある日の昼食を終えた昼下がり、私は以前から固めていた決意をナーディアさんに伝えた。



「ナーディアさん。私は、この館を出ようと思っている」



 私の向かいに座っていたナーディアさんは驚き、目を丸くした。


 だが——やがて彼女は、フッと息を吐いた。


「そう。理由だけ聞かせてくれるかい?」


「……ああ。私はこの世界を見て回りたい。そして……オフィーリアさんの言っていた『運命の申し子』。出来ればその人の力になりたい」


「……いるかどうかも分からないのに?」


「ああ」


 私は真っ直ぐにナーディアさんを見据え、返事をした。その眼差しを受けた彼女は、優しげな瞳で私を見つめ返した。


「そうかい、寂しくなるね。まあ、アンタには必要なことは教えた。それだけの実力もあると思っている。アンタの好きなようにしな」


「……ナーディアさん、すまない。ここまで育ててもらっておいて、まだ何も恩を返せてないのに、勝手なことを——」


「はい、ストップ、セイジ」


 目を見ていられず顔を逸らして言い訳を語ろうとする私の言葉を、彼女は遮った。


「元より、アンタはアタシが勝手に引き取っただけだ。あの時のアンタは可愛かったからね。アタシの欲望で、アンタを縛りつけていただけさ。だから気にするんじゃない。ジジイはさっさと出ていきな」


「ジジイって……」


「なあに。アタシにとっちゃ毛が生えたらそれはもう、全員ジジイさ」


 彼女の口から出る暴言に、私は呆れ返る。ナーディアさんは気にした素振りも見せず、ジト目で私を見つめていた。


「……チッ、どうにも締まらないな。私の世界でそんな発言をしたら、逮捕ものだぞ?」


「アハハ、安心しな。こっちの世界でも逮捕もんさ」


 クスッと笑ったあと、ナーディアさんは目を拭った。


 それが楽しさによるものか寂しさによるものなのかは、私にはわからなかった——。







 それから一週間後。旅立ちの準備を終えた私は、魔女の館の扉を開ける。


 澄み渡った空。旅立ちには良い日。


 見送りにきたナーディアさんが、私の隣に並び立つ。


「……セイジ。気が変わったら、いつでも帰ってきて構わないからね」


「……ああ。たまには顔を見せるよ」


 私とナーディアさんは、同じ空を眺める。


 思えば私がこの世界に来た、十二年前のあの日。もしもあの時ナーディアさんが助けてくれなかったら、私はこの空を眺めることは出来なかった。


 鳥のさえずる声が聞こえる。穏やかな波の音が聞こえる。


 私は——ナーディアさんを、軽く抱きしめた。


「ありがとう、ナーディアさん。私を、ここまで育てあげてくれて」


「……はは。アンタ、いつの間にかアタシよりも大きくなっちまったんだねえ……」


 静かな時間が過ぎる。私は名残を惜しみながら、ナーディアさんを解放した。


 ナーディアさんは口端を上げた。


「アンタがもっと若ければ、このまま食っちまったんだけどね」


「ンッ。本当に最後まで締まらないな、あなたという人は……」


 私たちは笑顔を交わす。私は未練を振り切るように、彼女に背を向けた。


「じゃあ、行ってくる」


「ああ、いってらっしゃい。良い旅を」


 私は歩き出す。このスドラートの地を。このトロア地方を。この世界を。


 最後に、ナーディアさんの声が聞こえてきた。


「セイジー!『運命の申し子』のこと、よろしく頼んだよー!」


 私は右手を上げ、応えた。



「ああ、任せろ」







 村の親しい人たちに別れを告げた私は、最後に一軒の家へと向かう。


 定期的にこの村を訪れているドワーフ、マッカライさんの家だ。


 彼の家の前に着くと、マッカライさんは大荷物を持って私を待っていた。私は彼に声をかける。


「やあ。待たせたね、マッカライさん」


「別れは、済ませてきたのか?」


 彼は今回の出張を終え、今日が自分の集落に帰る日だ。私が旅立つのを知った彼は、途中までの同行を申し出てくれた。


「……ああ、大丈夫だ。行こうか、マッカライさん」


 私の顔を見つめて、彼は笑顔で息をついた。


 そして私たちは、歩き出す。


「セイジ。お前さんの刀、悪くなったらすぐに持ってこい。大事に手入れするんじゃぞ」


「わかった、その時はよろしく頼むよ。確か……西の森の奥にある山だったっけ?」


「そうじゃ。あとで地図を渡してやる。それまでにお前さんから話に聞いた色々な刀をワシらで研究し、すごいのを作っといてやるからな」


「はは、頼もしいな。ありがとう、マッカライさん。それで、とりあえず私たちが向かうサランディアって、どんな街なのかな」


「そうじゃな。この村とは比べもんにならんくらい栄えておるぞい。美味いもん、旨い酒、ひと通り揃っておる」


「それは楽しみだ。ただ……まずは稼がないとな。その美味いもんにありつくために」


「がはは、そうじゃそうじゃ。セイジ、お前、なるんじゃろ?『冒険者』に」



 マッカライさんの問いに、私ははっきりと答えた。




「——ああ。私はこの世界を、『冒険』する」




 こうして私は、冒険者になるために旅立った。


 数々の出会い、数々の冒険が私を待ち受けているのだろう。


 私は小さくなった村を振り返り、心の中で誓うのだった。





 ——オフィーリアさん、ナーディアさん、本当に、本当にありがとう。


 私は強くなり、誰かに手を差し伸べることができる人間になってみせる。


 私のことを助けてくれた、あなたたちのように——。







お読みいただきありがとうございます。


これにて第一章完。次章では冒険者時代の誠司の活躍が語られます。


引き続きお楽しみいただけると幸いです、よろしくお願いします。


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