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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第七部 第一章
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『父』の物語・旅立ち 01 —始まりの日—









 少女には『父』がいた。




 少女には『母』がいた。




 これは、そんな二人の物語——。










 ——痺れるように頭が重い。



 ——何が起こった?



 私は無理矢理意識を覚醒させ、考える。



 確か私は、いつものように仕事へ出かけようと準備をしていたはずだ。


 憂鬱な月曜日。ついつい動画に観入って夜更かしをしてしまった、そんな朝。気怠げに準備をしていたら突然——。



 はっ!



 もしかして寝過ごしてしまったのか? 私は慌てて飛び起きる。


 そうだ。突然、床に『穴』が空いて落ちただなんて、夢に決まっている。今何時だ? 何て言い訳しよう——。




「…………えっ……?」




 風が頬を撫でる。草の匂いが鼻をくすぐる。



 目に映る景色は、自然のそれ。生い茂る草。立ち並ぶ木々。



 私は、雲が僅かにかかる空を見上げながらつぶやいた。




「……なんだこれ」








 私は『鎌柄 誠司』二十五歳。うん、二十五歳。二十五歳だ。だったはずだ。


 しかし——私は自分の小さな手をマジマジと眺めて愕然とする。実になんとも可愛らしいおててじゃないか。


 もしかしたら。


 私は思い立ち、周囲に人の影がないのを確認して、その可愛らしいおててを前に突き出し、つぶやいてみた。



「……ステータス、オープン……」



 …………。



 うん。どうやらここは異世界ではないようだ。


 だとすると、ここは死後の世界なのだろうか? 夢にしては現実的すぎる。


 手相は私の記憶にあるものと一緒だと思う。だから多分、私は私なんだと思うが——確認したい。


 私は顔の輪郭をペタペタ触りながら、あてもなく歩き始めるのだった。







「……疲れた……」



 歩き疲れた私は、木陰に腰を下ろし休息をする。


 今のこの身体は、三、四歳といったところだろうか。歩くことは問題ないが、すぐに疲れてしまう。


 だが、ゆっくりと休んでもいられないようだ。


 少し離れた場所にぼんやりと光るものを感じ取り、私は慌てて茂みに身を隠す。


 その朧げな光は、だんだんと近づいてくる。私が息を殺して見守っていると——やがて目の前を、トペトペと歩くキノコの物体が通過した。


 そのまま息を潜めること三分。十分に距離が遠ざかったのを確認して、私は深く息を吐いた。


「……なんなんだよ、アレ」


 そう。なぜか遠くにいても感じられる、朧げな光。どうやらアレらは、ヘンテコな生き物のようだ。


 今の歩くキノコ然り、動く粘液性の何か然り、口をバクバク開ける植物然り——。


 ——例えるなら、モンスター。


 私の持つ知識で言うところの、そう呼称するのに相応しい生物たちが、ここではうろついているのだ。


(……もしかして、ゲームの中の世界なのか?)


「……ステータスオープン……」


 …………。


 うん、何度やっても何かが開いたりはしない。やはりゲームの中の世界とかではなさそうだ。


 だが、私の暮らしていた世界とはまるで別物、それだけはハッキリと感じる。


 そして困ったことに、さっきから喉は渇いているし空腹も感じている。さあ、困ったぞ。夢なら良かったのに——。


 私は頬っぺたをつねりながら、トボトボと歩き始めるのだった。






「……死ぬかも……しれない……な……」



 さらに一時間。水源を求めてさまよう私は、適当な木の枝をつきながら力なく歩いていた。


 水もなし、食料もなし。体力が着々と削られていく。更には朧げな光を避けるように進んでいるので、時間の割には全く進めていないような気がする。


 四歳児ってこんなに体力なかったかな——。


 サバイバル知識は動画で観た程度のものしかない。加えてこの身体だ。私が生き延びるのは、難しいかもしれない。


「……なんで……こんなことに……」


 泣き言を言ったところで誰かが助けてくれる訳でもない。最悪、ここが無人島だという可能性だってあるのだから。


 とにかく水だ。水を確保しなくては。


「……雨、降らないかな」


 私が恨めしく晴れ渡った空を見上げて歩いていた、その時だ。


 私は何かに引っ掛かり、転んで、それに飛び込んでしまった。


「……えっ……?」


 ネバネバと身体にまとわりつく、網状に編まれた弾力性のある糸のようなもの。状況を理解した私の顔が、一気に青ざめる。


「……く、蜘蛛の巣……!?」


 待て待て待て。仮にこれが蜘蛛の巣だとすると、まずくないか? なにせ、キノコが歩いているような世界だ。


 私の身体よりも大きい網。想定されるのは——。


「…………!!」


 朧げな光が、現れた。五十メートルくらい先だろうか。その光は、ぴょんぴょんと跳ねるように近づいてきて——。


「……ひっ!」


 ——やがて姿を現したソレは、紛れもなく蜘蛛。


 だが。私の嫌な予感通り、そいつは今の私と同等の大きさ、一メートルくらいの体長を持つ蜘蛛だったのだ。


「……ぐっ!」


 私は逃れようと必死でもがくが——駄目だ、もがけばもがくほど身体に糸がまとわりついていく。


 こちらをしげしげと眺め、距離を詰めてくる蜘蛛。脚を舐めながら、八個ほどある目を輝かせている。


 いやだいやだ、こんなところで蜘蛛のエサになって人生を終えたくない。私は涙目になりながら、叫んだ。



「——誰かいませんかーーーーっ!?」



 その大声に怯んだのか、蜘蛛は一歩後ずさる。だが、それ以上は何もないと判断したのか、じわじわと寄ってきて——。



 その時だ。強い光が、現れた。



 光は、五十メートル先から真っ直ぐにこちらに向かってくる。蜘蛛は私に向けて糸を吐き出す。私が無駄とはわかりつつも、ぐねぐねと身体を動かしていると——。



「————『————』!」



 突然、蜘蛛が燃えた。そいつはピクピクと動いていたが、やがて黒い粒子となって消えていく——



 ——茫然とそれを見つめる私の前に、その強い光を持つ人物が颯爽と現れた。



 その者はウィッチハットにワンピース、マント姿と、いかにも『魔女』っぽい風体をしていた。


 彼女は杖をクルリと回転させ、ビシッとポーズを決め高らかに声を上げる。



「————————————————、————————————————————!」



「……あ、すいません、何言ってるかわかんないです……」





 ——私は後に知る。



 この時私を助け、私を保護してくれることになる人物。



 彼女が『南の魔女』オフィーリアさんの後継者。後に『二代目・南の魔女』を襲名することになる、ナーディアさん、その人だということを——。





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