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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 終章
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終章 ソシテ迎ヘル赤キ世界






 白いマントを身にまとう女性は、空間を飛ぶ、飛び続ける。



 少女を抱えながら。


 歯を食いしばりながら。


 真っ直ぐ前を向きながら。


 慣れない力を行使しながら——。



 やがて抱えられている虚ろな目をした少女は、我に返り悲痛な叫び声を上げた。



「……リナ! だめ、戻って! お父さんが……お父さんがあっ!」



 それでも莉奈は、無言で飛び続ける。暴れる少女を強く抱きしめ、ただ真っ直ぐに、前を向いて。


 慣れない力の使いすぎで、脳が焼けそうになる。視界がグルグルと回り始める。


 だが、誠司はいつも言っていた。魔法国の城に入る時だって——



 ——『莉奈。ライラを頼んだぞ』



 莉奈は、託された。この少女の身を。この少女の命を。


 元より、もし『厄災』サーバトが出現した場合のことを話し合った時に、誠司に頼まれていた。ライラを連れて、逃げてくれと。


 誠司の覚悟を、無駄にしてはいけない。莉奈は視界を飛ばして見ていた。誠司の、まるで未来がわかっているかのようなあの動き——。


 誠司は、以前話していた『死に戻り』のスキルを使ったのかもしれない。そうでなければあの光線の速度だ。普通に考えれば、莉奈とライラは貫かれていただろう。


 莉奈は飛ぶ。誠司の『飛べ』という言葉に反応して目覚めた、この『空間を飛び越える』能力で。


 脳が焼き切れる。目から、鼻から血が流れ出す。


「リナ、お願い! 戻って! お願い……戻ってよおっ!」


 瞳を赤くした少女は懸命に叫ぶ。


 だが——莉奈は視てしまっている。誠司が、ヘザーが、サーバトの光線で焼かれてしまった光景を——。



 やがて、この地に『光の雨』が降り始めた。


 莉奈は空間を飛び、雨を必死にかわし続ける。


 しかし——無数に降り続ける雨。やがて一発の雨が、莉奈の右足を穿った。



「…………っ…………!」



 それでも莉奈は、全力で飛ぶ。ライラだけは、ライラだけは守らないと、誠司の覚悟が全て無駄になってしまうから。



「リナあっ! リナああっっ!」



 赤い瞳の少女は涙を零しながら訴え続ける。


 それでも莉奈は——ライラを強く抱きしめ、光の雨の影響外を目指してただひたすらに飛び続けるのだった——。







 二人が『魔女の家』に帰り着いたのは、それから半月後のことだった。


 その間、二人の間に会話はほとんどなかった。


 あの日から少女の目は、ずっと赤いままだ——。


 莉奈は悲しそうな表情で、床に座っているライラに語りかける。


「……じゃあレザリアにお願いしたから、私、行ってくるね……」


「……………………」


 ライラは、何も答えない。莉奈は手を伸ばそうとして止め、唇を噛み締めて振り返り、魔女の家をあとにするのだった。







 それから一か月。


 莉奈は再び魔女の家へと戻ってきた。


 赤い目をした少女はやつれた様子で、変わらず床に座り込んでいた。


 莉奈は自らの泣き出しそうになる感情を押さえ込み、少女に話しかける。


「……ごめんね、ライラ。これしか見つかんなかったや……」


 そう言って莉奈が取り出したのは、ひび割れた眼鏡に長めの太刀。いずれも誠司が使っていたものだった。


 虚ろな目をした少女はそれをチラと見て、口を開く。


「……ねえ、リナ……なんであの時、戻ってくれなかったの……?」


「……ライラ……」


 莉奈は口を開きかけ、つぐむ。何を言おうと、少女の望む言葉はかけてあげられないのは、わかっているから。


 押し黙る莉奈を見て、ライラの瞳から涙が溢れ出す。


「……ねえ、答えてよ! なんであの時、お父さんを見殺しにしたのっ!?」


「………………」


 莉奈は何も、答えられない。無言で唇を噛んでうつむいたままの莉奈に向かって、少女は手元にあったものを投げつけた。


「リナ、嫌い!」


 投げつけたものは力なく莉奈の身体に当たり、バサッと床に落ちた。


 莉奈はそれを拾い上げ、泣き出しそうな震える声で、言葉を絞り出した。


「…………ライラ……ごめん、ごめんねえ……」


「……もうリナの顔……見たくない」


「………………」


 ライラはうつむき、虚ろな目でひび割れた眼鏡を眺め続ける。


 莉奈は太刀を手に取り、最後に少女に声をかけた。


「……ごめんね、ライラ……これだけ、借りてくね……」


「……………………」


 少女は何も、応えない。


 莉奈は太刀をつき、静かに魔女の家をあとにするのだった——。







 莉奈が家を出てから、五年近くの月日が経った。


 あの日以来、少女の大好きだった姉は、家に戻ってくることはなかった。






 その日『魔女の家』の裏にそびえ立つ岩山を登る、少女——いや、あの時よりも少し大人びた、少女だった女性の姿があった。


 すっかりやつれてしまった彼女は、窪んだ目で空を眺めた。


 その空は、赤々と染まっていた。これが以前リョウカの言っていた『赤い世界』なのか、それとも自身の赤い瞳が映し出す光景なのかはわからないけど——。


 彼女は大好きな姉の姿を思い出し、目をつむった。


(……ごめんね、リナ……私ね、本当はね、わかってたんだ……)


 姉は絶望的な状況の中、父の意思を汲み取り、何よりもライラを守ることを優先しただけだ。そんなこと、本当はわかっていたのに。でも——



 ——でも、あの時は、何かにあたらずにはいられなかった。



(……リナ……会って、謝りたいなあ……)



 そう思うが、いまさらだ。ライラは莉奈に、取り返しのつかない言葉をぶつけてしまったのだから——。



 彼女は力ない笑みを浮かべ、目を開き、杖をつきながらおぼつかない足取りで岩山を登り始める。


 そして彼女は、目的の場所にたどり着いた。




 そこは、あの日、姉と一緒に訪れた場所。


『魔女の家』の裏手の山の中腹にある、せり出した崖。


 結界を張るために訪れ、二人で一緒に景色を眺めた思い出の場所——。





 ライラは柵を乗り越え、崖ぎわに立つ。



 そして彼女は。



「——『全ての魔法を解除』」



 自らにかかっている全ての魔法を解除した。



 ライラは赤い空を見上げ、つぶやいた。



「……お父さん、お母さん。今、そっちにいくからね」



 ライラは杖を地面に刺し、静かに指を組む。





 そして彼女は——崖から身を投げた。








 莉奈からライラの世話を頼まれていたメイド姿のエルフは、その時『魔女の家』へと向かっていた。


 ライラ——少女だった彼女は、日に日にやつれていっていた。想い人であるあの人も、もう長いこと姿を見ていない。


(……私は……どうしたらいいのでしょう)


 いつものように、もはや主を失ってしまった家のそばまで来た時だ。




 何かが、


 上から落ちてきた。




 大きな音を立て、ビチャっと飛び散る何か。


 その何かがまとっている服には、見覚えがある。




「……え……ラ、イ……?」




 ——風が木々を揺らす音が聞こえる。




「……ひっ、いっ……」




 ——鳥の羽ばたく音が聞こえる。




「……いっ、いやああああぁぁぁぁっっっ!!!!」




 エルフの絶叫が、こだまする——。












 ——そして迎えた赤い世界。



 少女だった彼女の生涯は、この赤い世界の片隅で、ひっそりと幕を閉じたのであった——。







お読みいただきありがとうございます。


これにて第六部完。活動報告に「あとがき的な何か」を載せておきます。


第七部は明後日(12/7)から隔日投稿いたします。ストックが溜まり次第、毎日投稿に戻します。


引き続きお読みいただけると嬉しいです、よろしくお願いします。


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