詰みセーブ 04 —秋空—
誠司は繰り返す。
何度も。
何度でも——。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
サーバトの光線が、誠司を撃つ。
すでに百を超える死。だが、誠司は、挫けない——。
†
「——莉奈! 飛べえ!」
百を超える死の中で、誠司は身体に染み込ませる。
サーバトの光線、その弾き方を。
おかげで、一発目の光線はほぼ確実に弾き飛ばせるようになっていた。
だが、二発目、三発目は、誠司がどう動いても防ぐことは出来そうになかった。
しかし——誠司の目は輝きを失ってはいない。
何故なら。誠司の推測が正しければ、この三発の光線さえ凌げば勝ちが確定するからだ。
(……すまないね、君の協力はどうしても必要そうだ。娘を助けるために、頼んだぞ)
——誠司は諦めない。愛する二人を救うために。
そして、試行錯誤を繰り返し——ついに彼は、最後の一回に辿り着く。
†
それは、二百三十二回目の死に戻り。
男は娘たちの死を、その回数分見た。だが一度として、娘たちの死に『慣れる』ということはなかった。
これで、終わりにしてやる——。
男は、黒く輝くその瞳を、開いた。
「——莉奈ぁ、飛べえっ!!」
誠司は叫び、駆け出す。幾度となく叫んだ言葉。
サーバトが意識を覚醒させる。顔を上げたサーバトは、ライラを視認する。
続けざま誠司は、叫んだ。
「ヘザー、こっちに来い!」
誠司の言葉に素早く反応し、駆け出すヘザー。
サーバトはゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
ライラは虚ろな目で父の背中を見る。莉奈がライラを庇う動きを見せる。誠司が叫ぶ。
「バッグを開けえっ!」
そしてヘザーが飛び込んできたタイミングで——
——サーバトの指から三つの光線が放たれた。
一発目。それは誠司の右腕で弾き飛ばされた。
そして誠司は、弾かれた勢いを利用し二発目の光線に手を伸ばす。
二発目の光線は誠司の右手の指に当たった。わずかに逸れる軌道。
だが無情にも、三発目の光線が誠司を貫いた。
わずかに逸れた二発目の光線は、飛び込んできたヘザーの頭に当たり、軌道を大きく逸らす。
勢いで吹き飛ぶ、ヘザーの頭。
だが——ヘザーは誠司に言われた通り、バッグを開いていた。
誠司は口角を上げる。三発目の弾道も、計算通りだ。当たり前だ、そう貫かれたのだから。
そして、まるで吸い込まれるかのようにバッグに入っていく三発目の光線。バッグは弾けてしまったが、その光線は空間の中に吸い込まれていった——。
防いだ。防ぎ切った。見事誠司は、三発の光線を防ぎ切ったのだ。
——長かった。どう弾き、どう逸らし、どう貫かれるか、何度もやり直して身体に染み込ませた。
誠司は倒れ込みながら、万感の思いを込めて叫ぶ。
「——莉奈、飛べ……『空間』を……飛び越えるんだぁっ!」
誠司は視界にとらえる。莉奈とライラの身体が揺らぎ、その場から忽然と消えるのを——。
それは莉奈の『飛ぶ』能力。
誠司は見た、莉奈の揺らぎを。
そこから誠司は推測した。『転移者』に現れる、スキルの拡張性。
あの揺らぎ。誠司は知っていた。今は亡き彼女の妻、エリスがもっとも得意としていた『空間魔法』に近しい現象を。
誠司の『飛べ』という言葉で目覚め、莉奈は『空間』を飛び越えようとしていた。だから誠司が『飛べ』と言った時、空には飛ばなかったのだ。
そして今、まさに、誠司の願った通りの結果は訪れた——。
娘二人の『魂』が、現れては消えを繰り返しながら遠ざかっていくのがわかる。
それを感じとった誠司は天井を見上げ、血を吐き出しながらつぶやいた。
「……はは……ざまあみろってんだ……」
——勝った。『運命』に、勝った。
誠司の上に、ヘザーの胴体が倒れ込む。
サーバトは、床に転がっている二人を見つめた。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
「…………『百折不撓』、解除」
すべてをやり遂げ、穏やかな顔つきで静かに目を閉じる誠司。
直後——
——誠司とヘザーの身体は、光線で燃やし尽くされた。
†
——二つの魂が、寄り添うように天に昇っていく。
その魂は触れ合い、混じり合い、意識を交わし合った。
——『——待たせてしまったね、エリス。本当は、君にも助かって欲しかったんだが』
——『——んーん。いいよ、セイジ。私たちの子供のためだもん、気にしないで。それに私、残されるのはイヤだから』
——『——はは、すまないね。しかし、あの二人は私たちがいなくても大丈夫だろうか……』
——『——ふふ、大丈夫だよ、きっと。リナもライラも強い子だから。信じてあげましょ』
——『——……そうだな。さて、二十年ぶりぐらいか。君とこうやって話せるのは』
——『——もう。ヘザーとしての私も、私だよ?』
——『——あはは、そうだね、すまない。しかし……不思議なもんだな。娘のために死ぬのは惜しくないが、死んだら死んだで……こんなに心配になるとはな』
——『——……うん。まあ、あっちで見守ってあげようよ。あの子たちの作る、物語を』
——『——ああ、君と二人で、な——』
————…………。
薄青と白の光が、天へと還っていく。
誠司とエリス、二人の魂は、遺していく娘たちの心配をしながら——
寄り添い、混じり合い、寂しそうに、幸せそうに、
澄み渡った秋の空を、昇っていくのだった——。
次話、第六部ラストです。




