詰みセーブ 02 —繰り返す絶望—
†
「——莉奈、飛べ……飛んでくれ……」
あれから何度、繰り返しただろう。
その度に同じ光景が、繰り返される。
誠司の刃は、サーバトには届く。だがどれだけ試みても、例外なくその刃はサーバトの身体をすり抜けてしまっていた。
娘を守るために盾になっても、そのいずれもが娘二人を真っ直ぐに貫いてしまう。
莉奈とライラを突き飛ばしてみたりもした。だが、サーバトの光線は倒れ込んだ二人に容赦なく襲いかかった。
——運命は、変えられないのか……?
ふと、そんな考えが頭をよぎってしまう。
だが、それでも——私は、生き足掻く。
†
容赦なく娘たちを貫く光線。
それを見た誠司は、太刀を首にあてがいながら考える。
(……莉奈は、なぜ飛ばない?)
もし莉奈がライラを抱え飛び、初撃の光線さえ躱すことが出来れば——道ができる。
時間は、五秒もある。
莉奈なら絶対にできるはず、なのに。
(……なぜだ?)
誠司は今回の魔法城での戦いの前に、莉奈と話し合ったことを思い返す——。
「——いいかい、莉奈。万一『厄災』サーバトの出現が確認された場合、何があっても全力で逃げること。いいな?」
「ん? 例えば……ヘクトールを追い詰めている時でも?」
「ああ、奴は別格だ。物理攻撃が一切通用しない。魔法でないと、まず勝ち目はないな」
「……うへえ。ヴェネルディみたいなもん?」
「まあ、そうだな。あれを、手を付けられなくしたような感じだ」
「……はは、わかった。そん時はライラ連れて、全力で逃げるよ」
「ああ、頼んだぞ、お姉ちゃん——」
————…………。
だから、莉奈は逃げようとするはずだ。行動に支障をきたすほどパニックになっている様子もない。
瞳孔の開いた瞳で天井を見上げるライラ。彼女の上に覆いかぶさるように倒れている莉奈。
娘の死にゆく姿を見るのは、辛い。だが、なんとかして活路を見出さねば——。
もはや作業的に首を斬った誠司は、意識を鎖に引き摺られながら考える。
幸い、どのような行動をとっても『厄災』サーバトの本領である『光の雨』は使ってくる様子がない——少なくとも、繰り返す五秒の間は。あれを使われたら終わりだ。
——ああ、もしもグリム君に相談する時間さえあれば、彼女なら、或いは——
誠司が深くため息をつき、十五度目となる覚醒を果たした時だった。
しまった、考え込み過ぎた——と誠司は急ぎ目を開ける。
サーバトはゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
その指先を眺めるライラを、莉奈は抱きしめ——そして、飛んだ。
「……え?」
思わず声を漏らしてしまう誠司。莉奈はライラを抱え、天井の穴へと飛び向かう。
(……行け……莉奈……!)
原因はわからないが、運命は変わった。
これなら——誠司は淡い期待を抱く。
だが。
サーバトの指は、娘たちを狙っていた。
放たれる、三発の光線。
その光線は、恐ろしいほど正確に二人を貫き——。
ドサッと墜落する、娘二人。
莉奈の身体がひしゃげる。ライラは瞳孔の開いた目で天井を眺める。
「……エリス……とかいうヤツではないのか? 私は、いったい……」
「——誠司!」
グリムの叫ぶ声が聞こえる。
——莉奈が飛んだというのに、何も変わらないじゃないか……。
誠司は打ちひしがれ、床に膝をついた。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
サーバトの指が、誠司を狙う。
「セイジ!」
ヘザーの悲痛な叫び声が響く。
直後、誠司の頭は——弾け飛んだ。
†
再び始まりの五秒に戻った誠司は、その瞬間叫ぶ。
「——莉奈、飛べえっ!」
先ほどは撃ち落とされてしまったが、『変化』という希望が見えた。そこに道はあるはずだ。もっと速く、サーバトが行動するよりも速く、莉奈が飛ぶことができれば——。
「…………な……」
誠司は固まる。
顔を上げたサーバトが、ライラを視認する。
彼はゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
ライラは指先を眺める。莉奈がライラを抱きしめる。
そして、サーバトの指から連続で放たれる、三つの光線。
直後。ドサッと崩れ落ちる二人。
瞳孔の開いた瞳で天井を見上げるライラ。彼女の上に覆いかぶさるように倒れている莉奈——。
——何も、変わってはいない。
床に広がる赤い染み。それを誠司は、ただただ茫然と眺める。
「……エリス……とかいうヤツではないのか? 私は、いったい……」
「——誠司!」
同じ言葉が、繰り返される。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
「……どういうことだ……まさか……」
「セイジ!」
光線が、放たれる。それを身体に受け、踊るように床に倒れた誠司は——薄れゆく意識を、簡単に手放した。
†
意識が、鎖に絡め取られていく——。
やがて始まりの五秒にたどり着いた誠司は、顔を歪めながらも静観する。
サーバトはゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
その指先を眺めるライラ。その少女を莉奈は抱きしめ——そして、飛んだ。
(……やはり、か。だが……)
空を飛ぶ莉奈は、前と同じようにサーバトに撃墜され、地に落ちる。
莉奈の身体がひしゃげる。ライラは瞳孔の開いた目で天井を眺める。
「……エリス……とかいうヤツではないのか? 私は、いったい……」
「——誠司!」
繰り返される光景。誠司は自嘲気味に笑い、太刀を首にあてがった。
(……痛いだろうな、苦しいだろうな……。すまないな、お前たちに何度もつらい思いをさせてしまう、こんなにも不甲斐ない父親で。だが、二人とも。必ず、助けてやるからな……)
そう心の中でつぶやき——誠司は太刀を、引き抜いた——。




