詰みセーブ 01 —『アンカー』—
——『転移者』には、その者の持つ力の行き着く先、理を超越した力、
いわゆる『チートスキル』というものが存在している。
誠司が持つのは『魂』の力。
彼は妻を失って以来、過去を後悔しながら生きてきた。
そんな日々を送る中で、彼はこの力に目覚めた。
それは、ただ、やり直すだけの力。
それは、過去を後悔し続けた彼だからこそ目覚めた力。
彼のその力は自分の『魂』をその時間に縛り付け、死を迎えることによりその場所へと戻ることができるという、人生で一箇所だけ発動できる、チートスキル。
例えば、それは『死に戻り』。
例えば、それは『クイックセーブ』。
例えば、それは『ロールバック』——。
彼は、もう二度と妻を失ったあの時のような後悔をすることの無きよう、今、大切な家族を守るために、その力を発動した——。
†
顔を上げたサーバトは、ライラを視認した。
彼はゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
ライラが驚いた表情を浮かべる。莉奈がライラを庇う動きを見せる。
誠司はサーバトに向かって駆け出し、叫んだ。
「——莉奈、飛べえっ!」
莉奈はライラを抱きしめる。ヘザーとグリムが動き出す。
やがて、サーバトの指から連続で放たれる、三つの光線。
直後。ドサッ、と何かが床に崩れる音がする。
誠司が恐る恐る娘たちの方を振り返ると、そこに見えたのは——
瞳孔の開いた瞳で天井を見上げるライラ。彼女の上に覆いかぶさるように倒れている莉奈。
——『身を守る魔法』の防御すら貫通し、胸に大きな穴を空けて床に伏す二人の娘の姿だった。
娘二人から流れ出す赤い液体。肉体から離れゆく二つの『魂』。誠司が『百折不撓』を発動させてから娘が撃たれるまで、わずか五秒の出来事。
その倒れた少女たちを見て、サーバトは眉をしかめた。
「……エリス……とかいうヤツではないのか? 私は、いったい……」
頭を振るサーバト、茫然と立ち尽くす誠司。
「——誠司!」
グリムの叫ぶ声が聞こえる。その声に反応して、サーバトは誠司の方を向いた。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
「……ああ、安心しろ。何度でも、死んでやるよ」
サーバトの光線が、誠司の脇腹をえぐる。踏みとどまった誠司は、自らの首に太刀をあてがった。
「セイジ!」
ヘザーの悲痛な声が響く。残していく彼女とグリムに、誠司は心の中で詫びた。
(……すまないな、二人とも。私は、戻る。ライラと莉奈を救うためなら、何度だって——)
直後、誠司は、自分の首にあてられている刃を引き抜いた——。
†
意識が、鎖に絡め取られる。
時の中を、引き摺られていく——。
誠司の意識が、覚醒する。
そこは、『百折不撓』を発動した瞬間の時間軸だった。
誠司はライラと莉奈、二人の生きている姿を見てホッとするが——時間に猶予はない。すぐに行動しなくては。
「——莉奈、飛べえっ!」
誠司は叫び、駆け出す。直後、顔を上げたサーバトがライラを視認する。
そして彼はゆっくりと手を上げ、少女に指を向けた。
(……やらせるかよ!)
先ほどの時間と比べ、誠司は数秒先に動いている。最速で動けば——届く。
ライラが上げられた指先を見つめる。莉奈がライラを抱きしめる。
ヘザーとグリムも動き出す中——
—— 一閃
誠司の太刀が、サーバトを捉えた。
しかしその刃の軌跡は——無情にもサーバトをすり抜けてしまった。
——『厄災』サーバト。光の『厄災』。
彼はその特性として、物理的な攻撃が一切効かない身体を持っている。
そう。それはまるで、光を斬ることが不可能なように——。
サーバトの指から連続で放たれる、三つの光線。
直後。ドサッ、と何かが床に崩れる音。
苦痛に顔を歪めた誠司が振り向くと——
瞳孔の開いた瞳で天井を見上げるライラ。彼女の上に覆いかぶさるように倒れている莉奈。
——先ほどと全く一緒の光景が、そこにはあった。
「……エリス……とかいうヤツではないのか? 私は、いったい……」
「——誠司!」
頭を振るサーバト。叫ぶグリム。
誠司は深く目をつむり、太刀を自分の首にあてがった。
「……お前は……確かセイジか。死ね……」
サーバトが、誠司の方を向く。
「……………………」
誠司は暗く冷たい瞳で、無言のまま自らの首を掻っ切った——。
†
「——莉奈、飛べ、飛ぶんだあっ!」
三度目。
最速で動けば、誠司の太刀はサーバトには届く。だが、すり抜けてしまっては意味がない。
顔を上げたサーバトがライラを視認する。
誠司はサーバトとライラの間に、立ち塞がるように割り込んだ。
「……させるかよ……」
サーバトはゆっくりと手を上げ、誠司に指を向けた。
ライラは父の背中を見る。莉奈がライラを抱きしめる。
やがて、サーバトの指から連続で放たれる、三つの光線。
その光は、サーバトを睨む誠司を貫通した。
(……これなら……)
致命傷を受けてしまったが、娘二人が助かるなら安いものだ。
誠司は倒れ込みながら、娘たちの方を見る。
そこには——
誠司が盾になったのにもかかわらず、背中に大きな穴を空けた莉奈の姿。そして、焦点の合わぬ瞳で莉奈に抱かれながら倒れゆくライラ。
——先ほどと全く一緒の光景が、そこにはあった。
「……お前は……確かセイジか……」
「……くそ……死ねる……かよ……」
誠司はそう言い遺し、生きるために、娘を救うために、自ら生を手放すのだった——。




