彼を穿つ凶刃 08 —野望の終わりと悲劇の始まり—
ヘクトールの身体が魔素に還っていく。魂が肉体から離れていく——。
「最初に言ったよな。お前は未来永劫、死に続けろ」
—— 斬
誠司は太刀を振るい、ヘクトールの魂を斬り裂いた。
未練がましくさまよいながらも、やがて掻き消えていくヘクトールの汚れた魂。
それを見届けた誠司は血を払う所作を行い、太刀を鞘に収めたのだった——。
「お疲れ、誠司」
グリムはパチンと指を鳴らし、余分な端末を消して誠司に声をかける。
「……ああ。終わったんだな」
魂の残滓が完全に消えるのを眺めながら、誠司はポツリと漏らした。
莉奈はライラのそばに降り立ち、彼女の肩に手を置いて魔素に還りゆくヘクトールだったものの肉体を見つめる。
「……本当に……終わったんだよ、ね?」
「……ああ。奴の……ヘクトールの『魂』は、綺麗さっぱり消滅したよ」
終わってみれば、実に呆気ない。
最後の最後まで足掻き続けたヘクトールだったが——彼の千年の野望は、ここに潰えた。
グリムは目を閉じ、息をはく。
「それでだ、誠司。ドメーニカの種はどうする? 彗丈の話だと、この城の地中深くに眠っているらしいが」
「……そうだな。ヘクトールの話だと『発芽』は止められないらしい。数ヶ月とか言っていたか。取り敢えずはハウメアのところに戻って、相談だな」
千年前の話は、アルフレードの許可を得てグリムがこの『魔女の家』の者、全員に共有してある。
ファウスティという軍人が、彼のチートスキルを使って抑え込んだというドメーニカの種——『発芽』までに若干の猶予はあるが、急がなくてはならない。
ヘザーが誠司のそばへと歩み寄る。
「では、少し休んだら行きましょうか。大変でしたが皆んなが無事で、何よりです」
「ああ、まったくだ。せっかく家族が揃ったばかりだというのに、こんな事に駆り出されるなんて……」
誠司はグリムをジロリと睨む。当のグリムは、肩をすくめて誠司に笑いかけた。
「はは、そう言うな、誠司。ドメーニカを何とかするまでは、我慢してくれ」
「……まあ、な。ただ、今は考えたくないな。少しだけ休ませてくれ。いかんせん、歳なものでね」
腕を組みため息をつく誠司。その様子を見て皆がクスクスと笑う。
ひとしきり笑った後、ヘザーは戦鎚をバッグにしまいながら莉奈に語りかけた。
「そうそう、リナ。家に戻ってレザリアに顔を見せてあげなさい。彼女、リナのこと心配してましたよ」
「……うっ。まあ、顔見せるぐらいなら……」
「あっ、じゃあリナー、いったん帰って温泉入ろうよ! いいよね、お父さん?」
「ああ、ライラは頑張ったからな。ゆっくり休みなさい」
「わーい!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるライラ——。
周りも、その様子を和かに見つめる————。
その時、ふいに、声が聞こえてきた。
『——残念だけど、まだ、終わりじゃない』
全員が、固まる。
その声の出どころは、莉奈が彗丈と連絡をとるために渋々つけていた、『白い燕人形』からだ。
「……どういうことだ、彗丈」
誠司が問う。
莉奈は矢筒を外し、白い燕人形を皆に見えるよう前に出した。
「どういうことですか、彗丈さん」
『——そのままの意味さ。ここは『魔法国』だ。何か一つ、忘れてないかい?』
「……彗丈、何が言いたい」
彗丈の言わんとしている事がわかり、誠司は眉をひそめる。
無論、彗丈に言われるまでもなく警戒はしていた。あらかじめ、もし『奴』の魂を確認した場合は、ヘクトールの暗殺を中止して全力で逃げるよう話し合っていた。
『白い燕人形』は、彗丈は告げる。
『——さあ、これで最後だ。頑張って、生き延びてくれよ』
「……彗丈!」
誠司は呼びかける。だが、その言葉を最後に、人形は何も応えなくなった。
「……誠司さん」
莉奈が不安そうな声を上げる。
「……大丈夫だ、莉奈。半径五百メートル以内に、『奴』の魂はない——」
カツン
足音が、聞こえてきた。
誠司は音のした方——入り口の穴の方を見る。
カツン
間も無くそれは、姿を見せた。
その姿を見た誠司は、呻き声を漏らす。
「……馬鹿な……なぜ、魂がないんだ……」
長い銀髪に、高級な魔術師のローブを身にまとう者。
涼しげな顔が似合いそうな、今は無表情の若き青年。
——そう、『厄災』はいつだって、突然やってくる。
『厄災』サーバトの姿をした者が、この場に姿を現した。
理解出来ない。奴は本当に『厄災』サーバトなのか? 誠司の脳に疑念がよぎる。
だが、そんな彼の考えを嘲笑うかのように——サーバトの姿をした者は、光を帯びた。
光は収まり、よろめくサーバトの姿をした者。
いや。
全身が総毛立つ。誠司の脳が全力で警鐘を鳴らし始める。
目の前のサーバトの姿をした者——彼の姿を模した人形に、突然『魂』が宿った。
誠司は震え出す自身の身体を必死に押さえつけ、考える。
奴は、間違いなく『厄災』サーバト。
光の力を使う『厄災』。
彼の力は、一国をも滅ぼすことが可能な『光の雨』。
それは、陽の出ている時間に本領を発揮する。
今は、昼だ。
つまり——この場にいる者、全員が、死ぬ。
魔王サーバトが顔を上げる。
誠司は決意する。あの力を使うなら、今しかないと。
誠司は右手を強く握りしめ、つぶやいた。
「『百折不撓』」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第六章完。次章と終章で第六部完結となります。
なお、誠司のチートスキルの詳細は第三部第一章『ようこそ』の「—tips スキル・上級編—」にて語られておりますので参考までに。
引き続きお読みいただけると幸いです。よろしくお願いします。




