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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第六章
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彼を穿つ凶刃 07 —彼を穿つ凶刃—





「……ぐっ、何者だお前は!」



 聞いていない、全く聞いていない。



 ——いや、ニサから報告は受けていた。


 このトロア地方を飛び回る、英雄『白い燕』の存在を。


 所詮は物語、と一笑に付していたが——




 今、飛び向かってくるこの女性は、まさに『燕』を連想させた。




 莉奈は全速力でヘクトールに飛び向かう。


 速い。ヘクトールは慌てて上昇するが——彼女の速さは、ヘクトールのそれを遥かに凌駕していた。


「……くっ!」


 このままでは追いつかれる。だが。


「……『魅惑の魔法』!」


 女性と目を合わせ、今日幾度となく唱えた魔法を詠唱するヘクトール。


 しかし女性は魔力の波動を感じ取ったのか、解き放った時にはすでに目を閉じていた。


「……フン。まあ、いい」


 目を閉じれば、正確には追ってこれまい。その隙に逃げさせて——。


「——逃げられるなんて、思ってたりしてないよね?」


「…………!」


 燕は目を閉じてなお、正確にヘクトールの方へと飛び向かってくる。


 焦ったヘクトールは脇目も振らず逃げようとするが——



 ——飛来一閃。



 莉奈はひと筋の光となって、ヘクトールを通り抜けた。


 小太刀の手ごたえから、傷を与えていないことを確認した莉奈は急旋回をする。


 再び向かってくる莉奈に向け、ヘクトールは魔法を唱えた。


「——『毒に冒す魔法』!」


 しかし莉奈は空中で翻り、魔法の白いマントでその魔法を弾き飛ばす。


「……なっ……!」


「——遅い」


 次にヘクトールが行動を起こすよりも先に、莉奈は彼の背後に回った。そしてヘクトールを押さえつけ、羽交い締めにする。


「……離せっ!」


「やだよ」


 彼女の声が、耳元で囁かれる。


 直後。燕は天高く上昇し始めた。


「……ぐっ、ぬうっ!」


 ヘクトールは何とか逃れようともがくが、ビクともしない。



 ——当然だ。


 彼女は世界で一番、空を飛ぶ技術に優れている人物なのだから——。




 燕は昇りゆく、昇りゆく。涼風の吹く秋空を、天高く——。




 やがて魔法城が視認出来ないほどの高さまで上昇した莉奈は——体勢を上下に反転させ、急降下を始めた。



「……ハァ……ハァ……離、せ……」


 それは、急速な高度への移動による上昇負荷。


 呼吸が苦しい。意識が混濁する。


 空に慣れている莉奈はともかく、ヘクトールの老体には堪えるものがあった。


(……このままでは……まずい……)


 重力に身を任せて落下している今、地面に叩きつけられたら『身を守る魔法』も持つかどうかわからない。


(……唱え……直さねば……)


 ヘクトールは落ちながら、静かに紡ぐ、言の葉を。


 勝算は、ある。このままの速度で落ちれば、燕も無事ではすむまい。どこかで速度を緩めるか、途中でヘクトールを放り出すはずだ。


 もしギリギリで放り出されたとしたら、ヘクトールの空を飛ぶ技術ではこの速度では急停止は出来ないが——減速はできる。『身を守る魔法』を掛け直しておけば、衝突によって死ぬことはないだろう。


(……急げ……急げ……)


 時間はあまりない。視界に映る城は段々と大きくなっていく。


 やがて、城まであとわずかという所で——



「——『身を守る魔法』!」



 ——言の葉は紡がれた。



 間に合った。これできっと、逃げ切れるはずだ。ヘクトールは安堵し、高らかに宣言する。



「……やはり神は……運命は、私の味方だあっ!」





 大広間で空を睨む誠司。


 彼は深く息を吐き、神経を集中させる。


 そして人知れず、つぶやいた。


「……この時のために、私はこの世界に来たのかもしれないな」


 誠司は思う。イタリアからの『転移者』ファウスティ、そしてドメーニカ。千年前の彼らの無念を晴らすために、私は呼ばれたのかもしれない、と。


 脳内に莉奈の声が響き渡る。

 

『——誠司さん、あと五秒』


「——おう」


 短く返事をした誠司は、意識を極限まで集中した。


 だんだんと大きくなってくる人影。誠司は太刀を、下段に構えた。



「……やはり神は……運命は、私の味方だあっ!」



 ヘクトールが叫ぶ。莉奈と目が合い、頷き合う。


 莉奈は直前まで引きつけ、ヘクトールの身を解放した。


 それを見た誠司は太刀を両手で引き——



「不勉強だな、ヘクトール」



 ——その刃は、天へと向かって突き上げられた。



「……ア……ガ、ハ……」



 目を見開くヘクトール。それを暗く冷たい瞳で見据える誠司。




 ヘクトールの口内を狙って突き出された誠司の凶刃。


 それは、見事、彼の身体を串刺しにしていた。




「——体内は『身を守る魔法』の対象外なんだよ、ヘクトール。少し、お喋りが過ぎたようだな」



「……バ…………」


 ゴボッと血を吐くヘクトール。誠司はヘクトールをそのまま地面に叩きつけ、太刀を引き抜いた。


 ヘクトールは感じ取る。致命傷だ——と。全てが終わってしまった。何故だ、どこで間違った。


 薄れゆく意識の中で、彼は床を爪で引っ掻いた。



 ——ああ、ドメーニカ。もうすぐお前に会えたのに。


 ドメーニカ、ドメーニカ、ドメーニカ……。


 

 ヘクトールは彼女の顔を、思い浮かべようとした。



 だが——。



 ——……なんで……なんで最期に浮かぶ顔が、お前なんだろうな……ニサ……。



 彼は長年の間、自分に忠義を尽くしてくれた女性の顔を思い浮かべながら、涙をひと筋だけ零し——




 ——その欲に、野望にまみれた、長い長い孤独な人生を終えたのであった。




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