彼を穿つ凶刃 05 —傾向と対策—
それはグリムの罠。
あらかじめポラナからヘクトールの手の内を聞き出していた誠司たちは、『魅惑の魔法』対策を練っていた。
誠司は魔力の気配を感じたら目を瞑り、『魂』の動きだけを見て戦えばいい。
グリムは端末を複数体忍ばせておき、一体が魅了されてもすぐに対応できるよう、備えていた。
そして、あわよくば『厄災』やドメーニカの情報をヘクトールから引き出す——それは概ね、成功したと言っていいだろう。
さらに、今戦っている骸骨竜の存在も、
誠司たちは事前に、知っていた。
骸骨竜の鋭い爪が振り下ろされる。それを駆け抜けて躱しながら、誠司は一太刀を叩き込む。
—— 一閃
だがその攻撃は、骸骨竜の硬い骨格に弾き返されてしまった。
誠司は毒づく。
「……チッ。想像以上に硬いな」
「誠司。あと少しだけ耐えてくれ」
「ああ、任せろ」
振り下ろされる鋭い爪、振り回される鋭利な尻尾。肉体を持たない骸骨竜の動きは、素早い。
誠司が避ける、グリムがバラバラになる。
その戦いを見つめるヘクトールは、満足そうに頷いた。
「やれ、骸骨竜よ。絶対に逃すな、骨まで喰らい尽くせ」
「——ォォオオオォォォォォォンンン……」
ヘクトールの呼びかけに応えるかのように喉笛を鳴らす骸骨竜。
——勝った。一時はどうなることかと思ったが、やはり力だ、圧倒的な力だ。
力の前に人はひれ伏す。力の前に人は無力だ。
そしてもうすぐ、私がその強者になるのだ——。
ヘクトールはほくそ笑む。そう。竜相手に勝てる者など、そうそう居るはずがないのだから——。
「待たせたね、誠司」
グリムの声が、聞こえる。
今やバラバラ状態から再生され複数体に分裂したグリムたちが、口角を上げた。
誠司は骸骨竜の攻撃を後ろに飛びかわしながら答える。
「ああ、やってくれ」
——何だ? 何を狙っている?
ヘクトールが眉をしかめた、その時——。
凄烈な破壊音と共に、塞いだ入り口の横の壁が崩れた。
そして破壊された穴から、静々と歩み出てくる女性が一人。
その女性——ヘザーは戦鎚を肩に担いだまま、もう片方の手に持っている『魔法の球体』を、誠司目掛けて放り投げた。
「斬ってください、セイジ」
「おう」
太刀を鞘に収め、居合の要領で構える誠司。後。
—— 一閃
ヘザーの投げた球体は、誠司の太刀によって両断された。
溢れ出す魔力、波及するその魔法の効果。
直後——骸骨竜の動きが、止まった。
「何をした!!」
ヘクトールの怒号が響く。それを意に介することなく、竜に向かい駆ける男が一人。
—— 斬
駆け抜けた男は膝をつき、刀を鞘に収める。
その音と同時に、両断された骸骨竜の首がズドンと地面に落ちた。
命の灯が消え、ブスブスと音を立てながら魔素へと還っていく骸骨竜——。
——そう、動きを止めた竜など、誠司の相手ではないのだ。
グリムがヘクトールの結界の前に歩み出る。
「またまた勉強不足だな、ヘクトール。私たちはあの球に『汚れを落とす魔法』をできる限り詰め込んだ。過剰に圧縮されたその魔法は、不浄の存在をも浄化する。まあ、私もさっき知ったんだけどね」
「……ぬぅ、ぐうぅっ……!」
あの男の強さも人間離れをしているが、突然現れた戦鎚を担いだ女性、いったいなんなんだ。城の分厚い壁を破壊するなんて、とんだ馬鹿力だ。ヘクトールは歯軋りをする。
その女性は静々と前に歩み出てきて、結界の中のヘクトールを眺めながらグリムに話しかけた。
「ええ。ですが動きを止めるだけとは……さすがは竜を名乗らせるだけのことはありますね」
「ああ。でも改めて分かったことがあるよ。ビオラ、彼女の才覚は、異常だ」
目の前で呑気に会話を交わす二人。戦鎚を担いでいる女性は、ヘクトールをじっと見据えている。
——馬鹿め。
ヘクトールは紡いでいた言の葉を、解き放った。
「『魅惑の魔法』!」
女性は変わらずヘクトールを見つめている。勝利を確信したヘクトールは、女性に命じた。
「さあ、そこのお前! その馬鹿力で、こいつらを排除しろ!」
「……かしこまりました、ヘクトール様——」
ヘザーは戦鎚を振り上げる。距離を取るために飛び退くグリム。そして戦鎚は、振り下ろされた。
「——よっと!」
その戦鎚は、ヘクトールの結界に向かって振り下ろされた。弾き返される戦鎚。その強度に、ヘザーは感心した表情を浮かべた。
「あら、思ったより強固ですね。これは私でも無理そうです」
「……な、何をやっている! 侵入者どもを排除しろ!」
身を震わせヘクトールは怒鳴り散らす。だがヘザーは、涼やかな笑みを浮かべて答えた。
「『魅惑の魔法』。確かに強力な魔法ですが、その魔法は例えば『物』にも効くのでしょうか?」
「……物、だと?」
女性の言葉に理解の及ばないヘクトール。ヘザーは戦鎚を地面に下ろす。その重量から、鈍い振動が辺りを揺らした。
「ええ、私は作り物なのですよ、残念ながら。『魂』レベルにまで作用する魔法でないと、私は心を動かされない」
「……化け物め……」
計算外だ。一体なんだと言うのだ、こいつらは。どこまでも邪魔しおって——。
「……クックッ……だがな……最後に勝つのは、この私だ!」
ヘクトールは言の葉を紡ぎ始める。少ない唇の動きから紡がれている言の葉を読み取ったヘザーは、振り返り大声で叫んだ。
「『深き眠りに誘う魔法』が来ます!」
「遅いわ!『深き眠りに誘う魔法』!」
ヘクトールを中心に、ピンク色の霧が部屋中に広がっていく——。




