彼を穿つ凶刃 03 —傀儡—
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「——未来永劫、死に続けろ、ヘクトール。それがお前にできる、唯一の、贖罪だ」
城の最上階にある大広間にてヘクトールと対峙する誠司は、太刀を構える。
その姿を見たヘクトールは、眉をひそめた。
「……なんなんだ、お前たちは。何故、千年前のことを知っている?」
「さあ、な」
誠司が、跳ねた。
駆け抜ける一筋の凶刃が、ヘクトールを光の線となって捉える。反応出来ないヘクトール。
だが——その誠司の刃は、ただヘクトールに、当たっただけだった。
誠司は距離を取って振り返り、太刀を構え直す。
「……『身を守る魔法』か。その強度、随分と年季が入っているな。狡猾なお前には、ぴったりだよ」
「フン、用心深いと言ってくれたまえ。——『結界の魔法』」
ヘクトールが言の葉を紡ぐと、転移陣のあった場所に結界が現れた。誠司は一太刀入れてみるが、その刃は弾き返されてしまった。
「……チッ。随分と用意がいいな」
「有事に備え自衛手段をいくつも用意しておくのは、当たり前じゃあないか。まったく、勉強不足だな」
ヘクトールはほくそ笑む。それを忌々しげに見つめる誠司に、ヘクトールは問いかけた。
「お前たちはなんだ。ハウメアの手のものか? なぜ、千年前のことを知っている」
ヘクトールの問いかけに、無言で返す誠司。その質問には、グリムがゆっくりと歩み寄りながら答える。
「簡単な話だよ、ヘクトール。アルフレードの意志は引き継がれているってだけのことさ。千年経った、今もね」
「遺志、か。まったく、大人しくあのままのたれ死んでいればよかったものを……」
グリムの返答に、ヘクトールは鼻白んだ。結界越しに正面に立ったグリムを無表情で見据えながら、ヘクトールは問いかける。
「答えろ。さっきお前は『この戦争の指揮』だとか抜かしていたな。どういう意味だ」
「なに、そのままの意味さ。キミが『魔女狩り』と称した戦争を仕掛けてくるのを、私たちは事前に察知していた。結果は、我が軍の圧勝だ。残っているのはもう、キミだけしかいない」
「……な……に……?」
初めてヘクトールの顔に狼狽の表情が浮かんだ。グリムは続ける。
「キミの用意したロゴール軍も、骸骨兵も、キミ達魔法国の将も全滅だ。全部返り討ちにしてやったよ」
「……まさか……ヘルタにオスカー、ポラナまでもか?」
ヘクトールは身を震わせながらグリムに問う。そんな彼にグリムは無慈悲に告げた。
「そうだ。キミの仲間は、もういない」
「……おお……おお!……何ということだ!」
仰々しく額に手を当て、悲嘆の表情を見せるヘクトール。彼は首を横に振り、涙を流しながら漏らした。
「……ああ、まったく余計なことを……ドメーニカの復活まで、時間がないというのに……また傀儡を、一から用意しなくてはならないではないか……」
その言葉を聞いた誠司の眉がピクリと動く
「……どういうことだ、傀儡とは。彼らは君の仲間ではなかったのかね?」
「フン」
誠司の問いかけに、ヘクトールは鼻を鳴らす。
「仲間だ? 笑わせるな。あれは私の夢を叶えるための、ただの人形だ」
「……おい。オスカーはキミのために、絶望的な状況下でも最期まで戦ったんだぞ……」
グリムが歯ぎしりをする。そう、少なくとも南の地でオスカーは、ヘクトールのために、使命を果たすために、その命尽きる最期まで抵抗を続けた。
だが、ヘクトールは、こともなげに言う。
「フン。魔法が効いているんだ、当たり前だろう?」
ただの操り人形、魔法によって操られた傀儡。しかし、実際に彼と言葉を交わしたグリムは思う。
「……それでも彼には、自分の意思がちゃんとあった……」
睨むグリム。無表情で見つめ返すヘクトール。その時、誠司が叫んだ。
「グリム君! 魔力が集まっている、気をつけろ!」
「遅い。『魅惑の魔法』」
言の葉は、突然紡がれた。ヘクトールの目を見ていたグリムの目が、だんだんと虚ろになっていく。
誠司は歯噛みをして呻く。
「……無詠唱、だと?」
「勉強不足だな。この世に無詠唱など存在しない。私は口をあまり開かずとも魔法が詠唱できる。ただ、それだけの話だ」
「……腹話術みたいなものか。本当にお前は、どこまでも狡っからいんだな」
「フン、せいぜい喚いていろ」
つまらなさそうに誠司に返したヘクトールは、虚ろな目をしたグリムに語りかける。
「グリムとか言ったな。さっきは何事か抜かしていたが、そこまで言うならお前が人形でないことを証明してみせろ」
ヘクトールは口端を上げ、グリムに命令を下した。
「さあ、グリムよ。この男を、排除するのだ」
「……はい、ヘクトール様」
グリムは短刀を抜き、構える。
そして——誠司に向かい、駆け出した。
身体能力の『限定解除』をしているグリム。その彼女の渾身の一撃を、誠司は受け流す。
「目を覚ませ、グリム君!」
「誠司、キミには世話になったな。これから私は、ヘクトール様に仕えることにする。ここで、お別れだ」




