千年の野望 09 —そして現在へ—
「……なんだと? 何を言っている、サーバト!」
「……クックッ。随分と察しの悪い爺さんだ」
サーバトは狼狽えるヘクトールを見下し、冷笑を浮かべた。
「——お前の魔法国は、そろそろ壊滅した頃かな。ハハ、私の『光の雨』によってな!」
「血迷ったか、サーバト!」
ヘクトールはサーバトに向かって駆け出した。
しかしサーバトは冷静に片手を下ろし、ヘクトールにその指を向けた。
「大人しく見ていろ」
「……ぐぬっ!」
サーバトの指から放たれた、ひと筋の光線。それはヘクトールの太ももを貫いた。
『身を守る魔法』では防げない攻撃。たまらずに地面に転がるヘクトール。
そんなヘクトールをつまらなさそうに見て、サーバトは種に向き直った。
「……どれ」
サーバトの指から、光が放たれる。
その光は種に向かい真っ直ぐに飛んで行ったが——光線は、結界に弾かれた。
その結果に眉を上げるサーバト。
「……フン。少しヒビは入ったようだが……これは骨が折れそうだな……」
サーバトは再び種に指を向ける。
その時、ヘクトールの声が響いた。
「構わん、やれ!」
その声を受け、四方から言の葉が放たれる。
「「——『凍てつく時の結界魔法』!」」
「……!!」
サーバトは危険を感じ取り、身を避けるが——遅かった。
彼の四方からニサたちが解き放った魔法は、驚愕するサーバトの表情ごと、時間の流れを止めることに成功したのだった。
ニサが慌てて駆け寄ってくる。
「ヘクトール様ぁっ!」
「……よい。——『傷を癒す魔法』」
ヘクトールは自身に治癒魔法を唱えると、かぶりを振りながらゆっくりと立ち上がった。
続けて、ヘルタ、オスカー、ポラナが駆け寄ってくる。
ヘクトールは失意の表情を浮かべ、動きを止めたサーバトを眺めた。
「……お前たち、助かった。しかし、まさかここまでサーバトが野心を持っていたとは……」
元より、不測の事態に備え『凍てつく時の結界魔法』はいつでも発動できるように指示はしていた。
だがそれは、ドメーニカに対しての備えであって、まさかサーバトに使うことになろうとは——。
ニサがおずおずと申し出る。
「……ヘクトール様……このサーバトの処分は、いかがなさいましょう……」
「……そうだな。取り敢えず、理性は奪う。その後は……上の様子を見に行ってからだな」
「……はい……」
地上は、惨憺たる光景に変貌していた。
突然、降り注いだ光の雨。
建物、人、自然——。
全てのものが、壊滅的な被害を受けていた。
絶句。ニサを始めとする四人の従者たちは、唇を強く噛みしめた。
そしてその光景を眺めるヘクトールは、深く息を吐いた。
「……やってくれたな、サーバトよ」
「……ヘクトール様……」
心配して思わず手を差し出すニサ。その手を払いのけ、ヘクトールは指示を出した。
「まず、生き残った者、使えそうな資源は全て地下に運び込め。そして、そうだな……サーバトをこの地に、解き放つ」
「……っ!……ヘクトール様!」
驚愕の表情を浮かべる四人に、ヘクトールは背を向け語る。
「……我々は、滅ぼされたことにする。『厄災』サーバトの手によって、全滅したことにするのだ。そして——」
ヘクトールは再び息を吐き、決意を込めた。
「——力を蓄え、その時が来るまで地下で息を潜める。お前たち、ついて来てくれるか?」
その言葉に四人は顔を上げ、ヘクトールの背中を真っ直ぐに見据えた。
「どこまでもお供いたします、ヘクトール様!」
忠実なる傀儡の返事を聞き、ヘクトールは孤独を感じる。
だが——ドメーニカの力を手に入れさえしてしまえば、何もかもがどうでもいい。
そうだ、それまでの辛抱だ——。
†
この『光の雨』事件以降、ヘクトールは表舞台から姿を消す。
しかし、彼の野望は潰えない。
——執念。
ドメーニカの力に焦がれた一人の魔導師は、その時をひたすらに待つのだった。
何故なら、神は、運命は、正しき者を決して見捨てはしないだろうから。
従者の四人は、よく働いてくれた。
ハウメアの目を盗んで大陸の国、ロゴール国と繋がりを持ち、転移陣での移動を可能にした。
地下を広げ、新たな街を作り、今はただ、その時を待つ。
——『厄災』どもがハウメアたちの国々を滅ぼしてくれれば、自由に動ける。それまでの辛抱だ。
だが。
『厄災』たちは滅びた。魔女たちの手によって。
(……ハウメアめ……ことごとく邪魔をしてくれる……)
この頃からヘクトールは、『死』を意識し始めるようになる。
そう、種族差はあれど、生き長らえれば誰にでも等しく訪れる『寿命』だ。
(……急がねば……)
何もかもが上手くいかない。
これも全部、あの女、ハウメアのせいだ。そうだ、ハウメアが悪いに違いない。ハウメアめ、あの小娘が。ハウメア、忌々しいハウメア、ハウメアよ——。
そんな鬱屈した日々を送る、ある日のことだった。ひと筋の光明がヘクトールを照らし出した。
ロゴール国経由で大陸から伝わってきた情報、結界を無効化する魔力草『トキノツルベ』の存在。
(……やはり神は……私を見捨ててなどいなかった!)
ヘクトールは可能な限りの情報を集める。魔力草『トキノツルベ』の情報を。
二十年近く探し続けた。それでも見つからなかった。何かで代用出来ないかと繰り返し実験もした。だが、いずれも成果を上げる事は叶わなかった。
しかし数ヶ月前——ヘクトールはついにトキノツルベを手に入れることに成功したのだ。とある冒険者の手によって。
(……素晴らしい! 間に合った……間に合ったぞ、ドメーニカ!)
そして現在。
ドメーニカの『発芽』の目処がついた今、ハウメアとの因縁を清算するためにヘクトールは動き出した。
各地で同時に行われた『魔女狩り』。
万全は尽くした。これで最早ヘクトールの邪魔をする存在はいなくなるだろう。
なのに、何故——。
†
魔法国への侵入者の気配を感じ取ったヘクトールは、ロゴール国への転移陣がある、城の最上階にある大広間へと向かっている。
あれだけ入念に準備したのだ。失敗するはずがない。
今回の侵入者も、たまたまハウメアの調査兵が紛れ込んだだけに過ぎないだろう。
そう、神は、運命は、正しき者の味方なのだ。最後にはきっと上手くいくはず——。
ヘクトールはたどり着く。大広間へと。
そして彼は転移陣の上に乗り、一つの言の葉を紡いだ。
「——『転移の魔法陣』、起動」
————。
——おかしい、反応しない。
彼は転移陣を見直し、問題がないことを確認する。
そして今一度、言の葉を紡いだ。
「——『転移の魔法陣』、起動……」
「無駄だよ」
女性の、声がした。
その声にヘクトールが振り返ると——入り口の柱の陰から、青髪の女性が歩み出てきた。
「……なんだ、お前は」
青髪の女性は、冷たい目でヘクトールを見据える。
「お初にお目にかかる、私はグリム。この戦争の、指揮を執らせてもらっている者だ。そして——」
グリムは前に出て、ヘクトールという存在を、まるで値踏みをするかのように眺めた。
「——そして残念ながら、ロゴール国側の転移陣は潰させてもらったよ。キミはもう、逃げられない」
「……なんだと?」
ヘクトールは眉をしかめる。なんだ此奴は。いったい、何を言っている——。
その時。強烈な殺気が、ヘクトールを貫いた。
ヘクトールは警戒をしながら、その方向を見る。
薄暗い入り口の方から、ヒタリ、ヒタリと足音が聞こえてくる。
やがて、そちらから、男の声が、聞こえてきた。
「……なあ、ヘクトール。私はね、聞いたんだ。聞いてしまったんだよ、そこのグリム君から。千年前に、お前がやったことを」
ヘクトールが目を離せず、そちらを見ていると——薄暗い入り口の闇から、男が一人、ゆらりと姿を現した。
「……忘れたとは言わせない。アルフレード、ファウスティ、そして、ドメーニカ……お前が弄んだ者たちの名を」
男は冷酷な声で、その名前を、その心に刻み込んだ名前を口にする。
まるで『魂』に死神の鎌を当てられているような感覚——ヘクトールは、目を逸らせないでいた。
「……なあ、ヘクトールよ。君のやったことは、許される行為なのかな。いや、違うよな。もし世界が許したとしても、私は許さない」
灯りに照らされ、男の顔が浮かび上がる。
その男の眼鏡越しの瞳は、暗く、冷たく、ヘクトールを刺していた。
男は静かに太刀を抜き、構えた。
「——未来永劫、死に続けろ、ヘクトール。それがお前にできる、唯一の、贖罪だ」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第五章完。過去編にお付き合いくださり、ありがとうございました。
そして舞台は現在へ。第六章「彼を穿つ凶刃」。
引き続きお楽しみいただけると幸いです。よろしくお願いします。




