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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第五章
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千年の野望 09 —そして現在へ—





「……なんだと? 何を言っている、サーバト!」


「……クックッ。随分と察しの悪い爺さんだ」


 サーバトは狼狽うろたえるヘクトールを見下し、冷笑を浮かべた。


「——お前の魔法国は、そろそろ壊滅した頃かな。ハハ、私の『光の雨』によってな!」


「血迷ったか、サーバト!」


 ヘクトールはサーバトに向かって駆け出した。


 しかしサーバトは冷静に片手を下ろし、ヘクトールにその指を向けた。


「大人しく見ていろ」


「……ぐぬっ!」


 サーバトの指から放たれた、ひと筋の光線。それはヘクトールの太ももを貫いた。


『身を守る魔法』では防げない攻撃。たまらずに地面に転がるヘクトール。


 そんなヘクトールをつまらなさそうに見て、サーバトは種に向き直った。


「……どれ」


 サーバトの指から、光が放たれる。


 その光は種に向かい真っ直ぐに飛んで行ったが——光線は、結界に弾かれた。


 その結果に眉を上げるサーバト。


「……フン。少しヒビは入ったようだが……これは骨が折れそうだな……」


 サーバトは再び種に指を向ける。


 その時、ヘクトールの声が響いた。



「構わん、やれ!」



 その声を受け、四方から言の葉が放たれる。



「「——『凍てつく時の結界魔法』!」」



「……!!」


 サーバトは危険を感じ取り、身を避けるが——遅かった。


 彼の四方からニサたちが解き放った魔法は、驚愕するサーバトの表情ごと、時間の流れを止めることに成功したのだった。



 ニサが慌てて駆け寄ってくる。


「ヘクトール様ぁっ!」


「……よい。——『傷を癒す魔法』」


 ヘクトールは自身に治癒魔法を唱えると、かぶりを振りながらゆっくりと立ち上がった。


 続けて、ヘルタ、オスカー、ポラナが駆け寄ってくる。


 ヘクトールは失意の表情を浮かべ、動きを止めたサーバトを眺めた。


「……お前たち、助かった。しかし、まさかここまでサーバトが野心を持っていたとは……」


 元より、不測の事態に備え『凍てつく時の結界魔法』はいつでも発動できるように指示はしていた。


 だがそれは、ドメーニカに対しての備えであって、まさかサーバトに使うことになろうとは——。


 ニサがおずおずと申し出る。


「……ヘクトール様……このサーバトの処分は、いかがなさいましょう……」


「……そうだな。取り敢えず、理性は奪う。その後は……上の様子を見に行ってからだな」


「……はい……」






 地上は、惨憺さんたんたる光景に変貌していた。


 突然、降り注いだ光の雨。


 建物、人、自然——。


 全てのものが、壊滅的な被害を受けていた。




 絶句。ニサを始めとする四人の従者たちは、唇を強く噛みしめた。


 そしてその光景を眺めるヘクトールは、深く息を吐いた。


「……やってくれたな、サーバトよ」


「……ヘクトール様……」


 心配して思わず手を差し出すニサ。その手を払いのけ、ヘクトールは指示を出した。


「まず、生き残った者、使えそうな資源は全て地下に運び込め。そして、そうだな……サーバトをこの地に、解き放つ」


「……っ!……ヘクトール様!」


 驚愕の表情を浮かべる四人に、ヘクトールは背を向け語る。


「……我々は、滅ぼされたことにする。『厄災』サーバトの手によって、全滅したことにするのだ。そして——」


 ヘクトールは再び息を吐き、決意を込めた。


「——力を蓄え、その時が来るまで地下で息を潜める。お前たち、ついて来てくれるか?」


 その言葉に四人は顔を上げ、ヘクトールの背中を真っ直ぐに見据えた。


「どこまでもお供いたします、ヘクトール様!」


 忠実なる傀儡の返事を聞き、ヘクトールは孤独を感じる。


 だが——ドメーニカの力を手に入れさえしてしまえば、何もかもがどうでもいい。


 そうだ、それまでの辛抱だ——。





 この『光の雨』事件以降、ヘクトールは表舞台から姿を消す。


 しかし、彼の野望は潰えない。



 ——執念。



 ドメーニカの力に焦がれた一人の魔導師は、その時をひたすらに待つのだった。


 何故なら、神は、運命は、正しき者を決して見捨てはしないだろうから。




 従者の四人は、よく働いてくれた。


 ハウメアの目を盗んで大陸の国、ロゴール国と繋がりを持ち、転移陣での移動を可能にした。


 地下を広げ、新たな街を作り、今はただ、その時を待つ。



 ——『厄災』どもがハウメアたちの国々を滅ぼしてくれれば、自由に動ける。それまでの辛抱だ。



 だが。



『厄災』たちは滅びた。魔女たちの手によって。


(……ハウメアめ……ことごとく邪魔をしてくれる……)


 この頃からヘクトールは、『死』を意識し始めるようになる。


 そう、種族差はあれど、生き長らえれば誰にでも等しく訪れる『寿命』だ。


(……急がねば……)


 何もかもが上手くいかない。


 これも全部、あの女、ハウメアのせいだ。そうだ、ハウメアが悪いに違いない。ハウメアめ、あの小娘が。ハウメア、忌々しいハウメア、ハウメアよ——。



 そんな鬱屈した日々を送る、ある日のことだった。ひと筋の光明がヘクトールを照らし出した。


 ロゴール国経由で大陸から伝わってきた情報、結界を無効化する魔力草『トキノツルベ』の存在。


(……やはり神は……私を見捨ててなどいなかった!)


 ヘクトールは可能な限りの情報を集める。魔力草『トキノツルベ』の情報を。


 二十年近く探し続けた。それでも見つからなかった。何かで代用出来ないかと繰り返し実験もした。だが、いずれも成果を上げる事は叶わなかった。


 しかし数ヶ月前——ヘクトールはついにトキノツルベを手に入れることに成功したのだ。とある冒険者の手によって。


(……素晴らしい! 間に合った……間に合ったぞ、ドメーニカ!)






 そして現在。



 ドメーニカの『発芽』の目処がついた今、ハウメアとの因縁を清算するためにヘクトールは動き出した。


 各地で同時に行われた『魔女狩り』。


 万全は尽くした。これで最早ヘクトールの邪魔をする存在はいなくなるだろう。




 なのに、何故——。









 魔法国への侵入者の気配を感じ取ったヘクトールは、ロゴール国への転移陣がある、城の最上階にある大広間へと向かっている。



 あれだけ入念に準備したのだ。失敗するはずがない。


 今回の侵入者も、たまたまハウメアの調査兵が紛れ込んだだけに過ぎないだろう。


 そう、神は、運命は、正しき者の味方なのだ。最後にはきっと上手くいくはず——。




 ヘクトールはたどり着く。大広間へと。


 そして彼は転移陣の上に乗り、一つの言の葉を紡いだ。




「——『転移の魔法陣』、起動」





 ————。





 ——おかしい、反応しない。



 彼は転移陣を見直し、問題がないことを確認する。



 そして今一度、言の葉を紡いだ。



「——『転移の魔法陣』、起動……」





「無駄だよ」





 女性の、声がした。


 その声にヘクトールが振り返ると——入り口の柱の陰から、青髪の女性が歩み出てきた。


「……なんだ、お前は」


 青髪の女性は、冷たい目でヘクトールを見据える。


「お初にお目にかかる、私はグリム。この戦争の、指揮を執らせてもらっている者だ。そして——」


 グリムは前に出て、ヘクトールという存在を、まるで値踏みをするかのように眺めた。


「——そして残念ながら、ロゴール国側の転移陣は潰させてもらったよ。キミはもう、逃げられない」


「……なんだと?」


 ヘクトールは眉をしかめる。なんだ此奴は。いったい、何を言っている——。




 その時。強烈な殺気が、ヘクトールを貫いた。




 ヘクトールは警戒をしながら、その方向を見る。


 薄暗い入り口の方から、ヒタリ、ヒタリと足音が聞こえてくる。


 やがて、そちらから、男の声が、聞こえてきた。




「……なあ、ヘクトール。私はね、聞いたんだ。聞いてしまったんだよ、そこのグリム君から。千年前に、お前がやったことを」




 ヘクトールが目を離せず、そちらを見ていると——薄暗い入り口の闇から、男が一人、ゆらりと姿を現した。



「……忘れたとは言わせない。アルフレード、ファウスティ、そして、ドメーニカ……お前が弄んだ者たちの名を」



 男は冷酷な声で、その名前を、その心に刻み込んだ名前を口にする。


 まるで『魂』に死神の鎌を当てられているような感覚——ヘクトールは、目を逸らせないでいた。



「……なあ、ヘクトールよ。君のやったことは、許される行為なのかな。いや、違うよな。もし世界が許したとしても、私は許さない」



 灯りに照らされ、男の顔が浮かび上がる。



 その男の眼鏡越しの瞳は、暗く、冷たく、ヘクトールを刺していた。




 男は静かに太刀を抜き、構えた。





「——未来永劫、死に続けろ、ヘクトール。それがお前にできる、唯一の、贖罪しょくざいだ」





お読みいただきありがとうございます。


これにて第五章完。過去編にお付き合いくださり、ありがとうございました。


そして舞台は現在へ。第六章「彼を穿つ凶刃」。


引き続きお楽しみいただけると幸いです。よろしくお願いします。


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