千年の野望 08 —雨—
「では、待たせたね。実験は終了だ。君たちの『厄災』の力、取り除いてあげよう」
実験施設を訪れたヘクトールは、その顔に笑みを貼り付け『厄災』、ルネディ、マルテディ、メルコレディに語りかける。
安堵の表情を浮かべる三人。彼女たちを引き連れ部屋を出たヘクトールは、静かにほくそ笑む——。
やがて施術は終わった。
彼女たちの力は——取り除かれることはなかった。
ヘクトールは彼女たちに、先の『厄災』ジョヴェディやヴェネルディと同じく、理性を破壊する施術を行ったのであった——。
「では、ニサよ。よろしく頼んだぞ。くれぐれも気づかれないようにな……特に、ハウメアには」
「はい、お任せください」
——理性を破壊され、虚ろな目をした『厄災』たちを引き連れ、退出するニサ。
彼女を見送るヘクトールの横に並び立つサーバトは、彼に尋ねる。
「ヘクトールよ。あれで使い物になるのか?」
「……ああ、心配するな。西にルネディ、東にマルテディ、南にメルコレディ。そしてこの魔法国の南にはジョヴェディを送り込んである。我が国も被害者を装うためにね。あとは北のハウメアの所だが、そこは君に任せようと思っている」
「……確か北には、既にリッチ侯爵家の若僧を送り込んでいたのではなかったかな?」
そのサーバトの質問に、ヘクトールは鼻白んだ。
「フン、ヴェネルディか。あれは駄目だ。やはり人間族の魔力量では、この力、存分に発揮できまい。その点、君なら安心だ。ハウメアに目にもの見せてやってくれ」
「まあ、力をくれた礼は返さないとな。それで、いつ行けばいい?」
「……そうだな。ニサ達が戻るまで待っていてくれ。北への侵攻は、私の悲願が、叶えられてからだ——」
†
各地に送り込まれた『厄災』たちは、虚ろな目で待機する。
ヴェネルディはすでに『起動』済みだ。
ヘクトールの傀儡であるニサ、ヘルタ、オスカー、ポラナの四人は、それぞれの『厄災』の傍で合図を待つ。
そして——通信魔道具越しに、ヘクトールの号令は下された。
『——始めよ』
その合図を受け、四人は『厄災』の脳に埋め込まれた魔道具を起動する。
『厄災』達の脳に埋め込まれた魔道具。それは作動し、脳のある部分を破壊して、彼女たちの攻撃本能を刺激した。
ただ本能のままに破壊を求める存在——そんな危険な『厄災』という存在に、彼女たちは成り下がってしまったのである。
役目を終え戻ってきたニサ達を、ヘクトールは労う。
「ご苦労だったな、お前たち。して、首尾の方は?」
「はい。ヴェネルディと同じく、『厄災』たちは『ただそこに居るだけ』で力を振り撒く存在となっております」
片膝をつき、頭を下げたまま代表としてヘクトールに答えるニサ。
その返答を聞き、ヘクトールは満足気に頷いた。
「うむ、万事順調だな。これで遠からず、ハウメアの国々は滅んでいくことだろう。さて——」
ヘクトールは振り返り、歩き出す。
「——ついて来い、お前たち。疲れているところ悪いが、さっそく始めるぞ」
「「はっ!」」
†
「……ほう、これは……」
ヘクトールに呼ばれ、城の地中深くへと招かれた『厄災』サーバトは、感嘆の息を洩らす。
目の前にあるのは、大きく、そして神々しい、『種』としか表現できないもの。
サーバトは本能で感じ取る。あの中には、絶大なる力が眠っていると。
連れの者に何やら指示を出したヘクトールが、サーバトの元へとやってくる。
「待たせたね。君の『厄災』の力で、あの『種』に張られている結界を破って欲しくてね」
「……なるほど。私の『光』の力なら、結界を破れると」
——そう。それがヘクトールの目論見。
魔法抵抗力を無視する『光』の力を持ってすれば、あのファウスティの結界を破れるのではないか、と。
過去に試してはみたが、ただの『光魔法』では駄目だった。
だが、『転移者』の張った結界に対し、移植した『転移者』の力をぶつければ、或いは——。
「そうだ。出来そうかな?」
「……ヘクトール。あの種の中には、何が入っている?」
サーバトの質問に、ヘクトールは種を見ながら答えた。
「……あの中には、全てだ。私が千年かけて追い求めてきたもの、全てが入っている。あの力を手に入れるために、私は今日まで頑張ってきたのさ」
恍惚の表情を浮かべ、まるで独り言のように語るヘクトール。
サーバトは目を細め、続けて質問した。
「その力があれば、君は世界を手に入れられると」
「……ああ。全人類が、私の前にひれ伏すのだ……!」
「そうか」
サーバトは短く返事をし、前に出た。
そして、片手を頭上に掲げ——。
この地下深くに作られた部屋に、細かな振動が伝わってきた。パラパラと、天井から塵が落ちてくる。
(……地震か?)
ヘクトールは思うが、まあこれくらいなら大したことはない。未だ片手を上げているだけのサーバトに、ヘクトールは声をかけた。
「……どうした、サーバト。早く始めてく……れ……?」
ヘクトールは異変を感じ取る。サーバトの肩が、小刻みに揺れている。
「……おい、サーバト——」
「……クッ……クックッ……」
サーバトは堪えきれずに笑い出した。そしてヘクトールにゆっくりと首を向け、彼の顔を見据えた。
その顔は——邪悪の笑みに満ち溢れていた。
「……やっているよ。ちゃんとやっているよ、ヘクトール」
「……なに?」
ヘクトールは身構える。なんだ? 明らかに様子がおかしい——。
そのように未だに何が起こっているのか理解していない憐れな老人を見て、サーバトはいよいよ高笑いを始めた。
「ハーハッハッハッハッ! この世に王は二人もいらないんだよ、ヘクトールゥッ! その力、私がもらってやるっ!」
——この日、『魔法国』に、光の雨が降り注いだ。




