千年の野望 04 —魔法国包囲網—
最初は、小さな街だった。
このトロア地方と大陸を結ぶ玄関口——まずはそこを、ハウメア達は押さえた。
魔法国を追い出され、魔物たちの脅威に怯えながら、身を寄せ合って細々と暮らす人間族たち——。
そんな点在する集落の者たちに声をかけ、街の人口は緩やかに増えていった。
ハウメアの交渉術が、人々の信頼を勝ち得た。
エリスの空間魔法が、人々の移動を楽にした。
セレスの魔道具の知識が、人々の暮らしに潤いを与えた。
だが、生きるだけならなんとかなるが、それだけでは駄目だ。国を豊かにしないと。
日々、頭を悩ませる生活を送る中、ハウメアは発見する。『万年氷穴』を。
『万年氷穴』からは貴重な鉱石が採掘できた。しかしその極寒の寒さの中、並の人間が恒常的に採掘を行うのは不可能だった。
そこでハウメアは呼びよせる。彼女の一族、氷人族を。
氷人族が採掘し、必要なものはドワーフ族に加工を依頼し、大陸へと輸出する——。
生活基盤は確保した。人々の暮らしに余裕ができれば、発展に注力できる。
ハウメアは大陸から冒険者ギルドを誘致し、この地方の魔物の抑制に、本格的に乗り出した。
やがて百年も経過する頃——トロア地方北部は、『ブリクセン国』としてその名を馳せるようになっていた。
「じゃあ、エリス。よろしく頼んだよー」
「うん、まっかせといて!」
この頃、三つ星冒険者『白き魔人』として人々から敬愛されていたエリスは、ハウメアに別れを告げ、トロア地方西部へと旅立つ。
魔法国の西の地に、人間族の暮らす国を作るために、だ。
人間族を王に据えた、人間族を中心とした国——。
その国を建国するのは、ハウメアの悲願でもあった。
エリスを見送ったセレスが、ハウメアに話しかける。
「寂しくなっちゃうわね。でも人間族の国作って、なにが狙いなの、ハウメア?」
その問いにハウメアは、にへらーと笑って答えた。
「なに、大したことじゃないさー。人間族を追放したあのジジイに、ひと泡吹かせたくってねー」
「あら、ずいぶんと性格悪いわね」
そう言いつつ、セレスもクスッと笑う。
ただ——ハウメアは、セレスは期待する。
短い寿命ながらも研鑽を重ね、それを次の世代へと引き継いでいく、人間族の可能性、そしてその、光輝く未来を——。
「まあ、あのジジイも今はおとなしくしてるけど、いつ牙を剥くかわからないからねー。奴と交わした条文、うちらは『不可侵』を約束させられたけど、相手はそうじゃない。織り込み済みとはいえ、よくも堂々と、って感心するよー」
「うーん。エリス……大丈夫かしら……」
ヘクトールのことを思い出し、不安そうな声を上げるセレス。そんな彼女に向かって、ハウメアは微笑んだ。
「なあに、彼女なら上手く立ち回ってくれるさ。だから人間族の国の後見人を任せた。あ、そうそう、セレス」
「なあに?」
「エリスの方が上手くいったら、あなたには東の方の国を任せようと思っている。あなた、魔族からカリスマ的な人気があるしねー」
「……え? えっ? ええーーーっ!?」
†
『大厄災』から八百年、現在の時間軸から二百年前。トロア地方の西から南を領土とする、人間族を王に据えた『サランディア王国』建国。
その数十年後、東の地にセレスを慕う魔族を中心とした『オッカトル共和国』建国。
どちらもヘクトールに簡単に手を出されないよう、『ブリクセン国』の属国という形をとっている。
この頃にはハウメアは『北の魔女』、エリスは『西の魔女』、セレスは『東の魔女』として、人々から畏敬の念を抱かれていた。
時間はかかってしまったが、これで魔法国は包囲した。
ハウメアは一人、つぶやく。
「……『互いの国の利益のために最善を尽くす』、よくできた条文だ。文句は言わせないよ、ヘクトール。さあて、ジジイ、あんたはいつ動く?」
†
その頃——。
魔法国でヘクトールは、歯噛みをしていた。
「……まったく、忌々しい。ハウメアめ、この状況を狙っていたというのか?」
大陸との玄関口を封じられ、気軽に大陸諸国と接触することができない。
おかげで魔法の価格もハウメアが調整し、今や適性価格に落ち着いてしまっていた。
何よりハウメアが誘致した冒険者ギルド——。
奴らは中立の立場を徹底しており、国の思惑を働かせるのは難しそうだった。
そのせいで、『実験体』も迂闊に用意できなくなってしまっていた。行方不明者が出れば、ギルドが動くからだ。
他にも、だ。追放した人間族を拾い上げるのはまだいい。
だが、『東の魔女』とやらに惹かれ、魔法国の一部の魔族までもが彼女の国へと出ていってしまっていた。
しかし、それらの事に何か言おうにも、悔しいことに全体的に見ればハウメアがこの国に利益をもたらしていることには間違いない。
魔物の数も年を追うごとに減少していっている。
国としては、何も悪いことはない。
——ただ一つ。面白くない。
(……ハウメアめ。なにかある度に『条約』のことを持ち出してきおって……)
彼女はとにかく、ヘクトールが提唱した『条約』の穴をついてくる。
舐めていた。
たかが小娘だと舐めていた。
まさか、ここまでこの地方を繁栄させるとは——。
だが、いい。
今やハウメアの作った国々は、こちらが手出しできない程の戦力を有している。
しかし、ドメーニカの力さえ手に入れてしまえば——。
「……待っていろよ、ハウメア」
アルフレードの作った『魅惑の魔法』の『制限』を外すのは、思っていた以上に困難な作業だった。
ヘクトールは結局のところ、少し魔法の研究に長けているだけの凡人だ。膨大な時間を費やして何とかするしかない。
「……最後に笑うのは、この私だ!」
孤独な戦い。
もし彼が他人を信用し、他人を頼ることができる人物だったら——未来はまた、別の形になっていたのかもしれない。
——そして時は流れ、舞台はドメーニカの『大厄災』から千年近く、現在の時間軸から五十年ほど前へと移り変わる。




