千年の野望 03 —魔法を愛する三人—
会談は終わった。
内容としては実に当たり障りのないもので、ハウメアのつくる国が魔法国に敵対しないこと、互いのやり方に口出しをしないこと、そして互いの国の利益のために最善を尽くしましょう、などといったものだった。
「では、わたしの国が大きくなったら、正式な書面を交わしましょう」
「ああ。手並みを拝見させてもらうぞ、ハウメア」
一礼して退出していくハウメア。その彼女を見送ったヘクトールは——堪えきれずに笑い出した。
入れ違いで入ってきた従者の少女ニサが、心配して声をかける。
「どうかされましたか、ヘクトール様」
「……くくっ……ニサよ、なんでもない。なんでもないのだ」
——ハウメアから献上された『凍てつく時の結界魔法』。
これがあれば、ヘクトールの夢の成就に大きく近づく。
時を止めてしまえば、生きた人の脳を思う存分に弄ることができるからだ。
なにより一番の懸念点、ドメーニカを『種』から解放した際——仮に『発芽』と命名しようか——その時、滅びの女神はどうなるか。
なに、時を止めさえしてしまえば、何の問題もない。
そのためには、だ。
従順な部下を作る必要がる。
『凍てつく時の結界魔法』を覚えさせ、更には首尾よくことが運んだ際、ヘクトールの脳内に『輝く箱』を埋め込むという大役を任せられる、従順な部下が。
(……フン。私は他人など信用しない。使わせてもらうぞ、アルフレード。君が私に、最後に託した魔法を)
彼は託された。アルフレードから『魅惑の魔法』を。
この魔法は、対象の心を奪うことができる。
ただ、この魔法にはアルフレードの『制限』が掛かっているので、本来、魔物にしか使えないのだが——。
(……その制限、最適化で取っ払ってやるよ)
「行くぞ、ニサ。ついてこい」
「は、はい!」
ヘクトールは歩き出す。己の野望に向かって。
仮にハウメアとかいう女がなにか企んでいたとしても、関係ない。ヘクトールがドメーニカの力を手にした暁には、その企みごと焼き尽くすことが可能なのだから。
(……あとはファウスティの結界だけだな……ああ、神は、運命は、私を味方してくれている!)
なんと明るい、なんと素晴らしい未来なのだろうか。
ヘクトールは降って湧いた幸運に、恍惚の表情を浮かべるのだった。
†
魔法国をあとにしたハウメアは、深く息をつく。
そんな彼女に、隣を歩いている連れの女性の一人、白い魔術師のローブを身にまとった女性がにこやかに話しかけた。
「先輩、上手くいったね! いやあ、本当に国を勝ちとっちゃうなんて、ビックリしたよ!」
キラキラした瞳を輝かせ、少し興奮した様子で話すその女性の言葉を聞いて、ハウメアは苦笑する。
「ほーら。先輩って呼ぶなって言ってるでしょ、エリス。わたし達は同じ志を持つ仲間だ。あなた達とは対等でいたいんだよ、わたしは」
「ふふ。ごめんなさーい!」
エリスと呼ばれた女性は、悪びれる様子もなく舌を出す。そんな彼女を見て、学生服に下は運動着と、なんとも珍妙な出立ちをしている小柄なもう一人の女性が、呆れたように口を開いた。
「エリス、声が大きいわよ。そういう話はここから十分に離れてから、ね」
その言葉にハッとし、慌てて両手で口を押さえるエリス。そんな二人のやり取りを見てハウメアは微笑みを浮かべた。
「そうだね、セレスの言う通りだ。エリス、話は向こうについてからだ。それまでお口チャック」
ハウメアの言葉に無言でコクコク頷くエリス。
無言のまま歩く三人。やがて三人は、街から離れた岩場の陰へと到着する。
「それじゃエリス。よろしく頼むよー」
「はいはーい!」
元気よく返事をして、空間に手を当てるエリス。
——『転移陣』すら必要としない、エリスの『空間魔法』。
その空間に空いたゲートをくぐり抜け、三人は瞬時に別の場所へと移動をした。
そして移動した先、手頃な洞窟内に作られた隠れ家で、三人はテーブルを囲みようやく息をついた。
まず、エリスが手を上げる。
「はい!」
「はい、エリス」
「今さらだけど、なんでセレス、学生服なの?」
ガク。軽くよろめくハウメア。すぐに体勢を立て直したハウメアは、セレスをしげしげと見つめる。
「……まあ、わたしも気にはなっていたけど……なんでかな、セレス」
「あら。国の偉い人に会いにいくんですもの。正装するのは、当然じゃなくて?」
「なら、なんで下はジャージ?」
「え、だって寒いじゃない」
しれっと言ってのけるセレス。彼女はいつもそうだ。学生時代は制服だったので気づかなかったが、ファッション感覚がどこかズレている。
気を取り直して、ハウメアは咳払いをした。
「ンッ。まあ、ヘクトールは気にしていなかったからよかったけど、セレス、今後は服装にも気を使って欲しいなー。学生服ってだけで、舐められるかもしれないから」
「そうかしら。私たちの卒業した魔術学院は、それなりに権威があると思うのだけれど」
そこでエリスが、思い出したかのように本題を口にする。
「そうそう、そのヘクトール。ねえ、ハウメア。実際、どう感じた? 魔法国は」
その問いにハウメアは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……わたしの直感だけど、最悪だね、少なくともあのヘクトールのジジイに関しては。魔法価格の不当な釣り上げ、異常繁殖する魔物の放置、人間族の追放、不可解なほどの行方不明者の多さ……全部あのジジイの意思で起こっている、そう感じた」
ハウメアの言葉を聞き、息を飲み込む二人。彼女は顔を歪めながら続けた。
「……それ以外にも、何か大きな悪意を隠している、そう感じた。もしかしたら『凍てつく時の結界魔法』を奴に与えたのは、失敗だったかもしれない」
「……先……ハウメアがそう言うなら、そうなのかもね」
「でも、それを何とかするために、私たちは来たんじゃなくて?」
そう。そうなのだ。セレスの言う通り、近代魔法の発展に大きく貢献しながらも不穏な動きを見せる魔法国を調査するために、魔法を愛する三人はこの地にやってきたのだ。
「まあ、国を作ってもいい、って約束は取り付けた。本来は迫害された人たちが安心して暮らせる程度の国を作ろうと思ってたんだけど……思ったより大掛かりになりそうだね。二人とも、トロア地方に骨を埋める覚悟はできてるかなー?」
「えー。もちろん!」
「えー。当然だわ」
「ちょっと……えー、ってなんだよ、えー、って……」
三人の笑い声が響く。これから歩む苦難の道のり、それをまるで、笑い飛ばすかのように。
こうして三人の女性は歩き出した。真相は知らないながらも、ヘクトールの野望を阻止するために。
未だ、道は細い。
だが、着々と運命は、正しい方向へと導かれるように流れていくのだった。




