千年の野望 01 —動き出す『運命』—
アルフレードは去った。
ヘクトールは自らの勝利を確信し、ほくそ笑む。
彼の脳も解剖してみたかったが、まあいい。彼の残した技術、魔法でこの国は発展を続けられることだろう。
ことの真相を知っているという懸念点はあるが——奴は人間族だ。この滅びた世界ではすぐに野垂れ死ぬだろうし、運良く生き延びたとしても、百年だ。百年もすれば、奴は死ぬ。
そこまで待てば心置きなくドメーニカの残した『種』の研究ができる。
その手に握られた六つの種。そして彼女の脳内にあった『光輝く小さな箱』。
滅びの女神は美しかった。あれだ。あの力とドメーニカの『永久不変』を手に入れなくては。例え、千年かかろうとも——。
ヘクトールはその時の自分を想像し、歓喜に満ちた涙を流しながら人々に訴えかける。
「——皆の者、聞け! 危険な『転移者』たちは去った! これからは……そう、これからは私たちの時代だ!」
涙を流しながら演説するヘクトールの言葉に、住民たちから歓声が湧き起こる。その様子に満足そうに頷き、ヘクトールは続けた。
「——今日、本日、この時を持って、忌々しい『魔法国アルフレード』の名を捨て、私たちは『魔法国』として歩き出す!『転移者』たちに滅ぼされた街を、国を、私たちの手で再建するぞ! 皆、私に力を貸してくれ!」
感銘を受けた住民から、拍手が湧き上がった。彼の名を呼ぶ声が上がり、それは段々と広がっていき、やがてそれは一つの合唱となった。
「「魔導師ヘクトール様!」」「「魔導師ヘクトール様!」」
ヘクトールは人々の元に近づき、涙を流しながら一人、また一人と固く握手をかわす。
(……フフ……『掌握』とは、よく言ったものだな)
彼は心の中でほくそ笑み、人々の信頼を勝ち得ていくのであった——。
だが。
彼は、知らされていない。
アルフレードが『不老不死』であることを。
アルフレードは念のため、ファウスティとドメーニカにしかその事実を告げていなかった。
ヘクトールが注意深く見ていれば、彼の『不老』に気づいたことだろう。
だが、魔族としての長い寿命を持つヘクトールは、たかだか十年ほどの人間族の変化など気にしていなかったのだ。
——たった一つの見落とし。
しかしその事実は、千年後、彼を穿つ凶刃となって襲いかかってくることになるのだった——。
†
それからヘクトールは、『厄災』の元を封じ込めるという名目で、ドメーニカを包み込む『種』を地中深くへと移動させた。
表向きはそういった理由だが、なんてことはない。ゆっくりと誰にも邪魔されずに研究をしたいため、そして、万一『滅びの女神』が不意に復活してしまった場合、逃げるだけの時間を稼ぐために、だ。
ヘクトールは研究を続ける。
ドメーニカを包み込んだ『種』の周りには、ファウスティの力であろう結界が幾重にも張られており、手出しが出来ない状態だった。
——それが、外部から『種』守るためのものなのか、ドメーニカを押さえ込むためのものなのかは判断はつかなかったが。
ともあれ、結界を破る『研究』をしなくては——。
それと並行し、手元にある『六つの種』の研究もしなくてはならない。
これを脳に埋め込むことで何かが起きるのか、その場合、どこに埋め込めばいいのか。
まずは、脳だ。人の脳をもっとよく知らなくては。
何人も、何人も犠牲にした。
だが——彼らは脆い。脆すぎる。
少し頭を開き脳を弄ると、すぐに死んでしまうのだ。
(……ああ、ドメーニカ。お前の脳が、恋しいよ)
あれは、別格だった。頭を開き脳を弄っても、絶命することなく直ぐに再生を始めるのだから。
時間だけが無駄に流れていく。
研究だけにかまけている訳にもいかない。ヘクトールは今や、『魔法国』の指導者なのだから。
表面上は笑顔を浮かべ人々に接していたが、内心は焦っていた。
散々値を釣り上げて出し惜しみをしてきた建築技術だったが、あれから数百年と経たずに、アルフレードが残した建築技術はもう、世界中に広まってしまった。
そう。彼なき今、『魔法国』の持つ建築技術という優位性は、完全になくなってしまっていたのだった。
これでは金にならない。なら、どうするか——簡単だ、魔法を輸出すればいい。
幸い、魔法の研究分野においてヘクトールは長けていた。『魔法国』の名の通り、元々は魔法を輸出産業にしていた国だったのだ。ヘクトールは本腰を入れ始める。
だが、人間族は駄目だ。魔力量は低いし、何より百年と経たずに死んでしまう。
だから彼は集めた。魔族の研究員たちを。
やがて『魔法国』は、魔族を中心として大きくなっていく——。
†
ドメーニカの『大厄災』が起こってから、七百年が過ぎた。
彼女を封じ込めた『種』は、未だ変わらず地中深くに眠っている。
あれからさまざまな実験を重ねたが、結界を破る方法も見つからない、人の脳を死なせずに弄る方法も見つかっていない——。
ヘクトールは焦る。魔族の寿命は長いとはいえ、あと数百年もすれば彼は死に、魔素となり空気中へと還ってしまうだろう。
そんなある年の冬、一人の女性がヘクトールに面会を願って魔法国に訪れた。
彼は再建した城の入り口で、彼女を出迎える。
「お初にお目にかかります、ヘクトール様。お時間をいただき、光栄です」
ヘクトールは観察する、深々と頭を下げるその女性を。
その女性は、透き通った肌をしていた。そして淡い薄青の髪には銀色の髪がメッシュ状に輝いており、その髪は無造作に束ねられている
受ける印象は魔族だが、いや、それにしては——ヘクトールは眉をひそめ、女性に尋ねた。
「よい。して、なんの用だ?」
女性は顔を上げる。ともすれば未だ幼さが感じられるその顔は、にへらーと笑っていた。
「わたしはハウメア、氷人族の血を引く者です。本日はヘクトール様に、ちょっとした『ご提案』を持ってまいりましたー」
ヘクトールは気づかない。
後に『北の魔女』と呼ばれるこのハウメアが、彼を牽制し続け、苦しめる存在になろうとは——。
正しき『運命』は彼の野望を阻止するため、緩やかに動き始めるのだった。




