そして私は街を駆ける 10 —そして私は空を駆ける—
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私はライラを捜す為、準備をしに部屋へと戻る。
急がなくては。何があってもいい様に、私はコートを羽織り、弓矢、小太刀を肩に掛け背中に回す。
(……あっ、そうだ、これもだ)
ヘザーから預かっているボストンバッグも、忘れずに肩に掛ける。
そして、私は窓を開けて空へと一気に飛び上がった。もう、目立たない様にとか言ってる場合ではない。
「——『遠くを見る魔法』」
外は陽が落ち、薄暗くなりつつあった。私は魔法で強化された視界で街を見渡す。
だが、闇雲に捜しても見つかるはずがない。
そもそも既にライラは誠司さんに代わっていて、人質奪還の為に動き出している可能性もある。
(どうしよう……ああ、そうだ、とりあえず……)
私は、私達がこの街に入ってきた時に通った、検問が行われている門へと向かう。
この街に出入り口がいくつあるのか知らないが、思いつく事を片っ端からやっていくしかない。まずは、ライラが街の外に出ていないかの確認だ。
私は門に到着し、上から検問の様子を窺う。
どうやら今は馬車が出発の手続きをしているらしい。私は、はやる気持ちを抑え門の上に着地し、衛兵に話しかけるタイミングを伺う事にした。
その様に、なんとなくで眺めていた訳だが——私は見てしまった。御者が衛兵に札束を渡すのを、男達の含み笑いを、はっきりと見てしまった。
私は考える。一つ、その様な文化が有るのかも知れない。一つ、犯罪を見逃して貰う為だ。一つ、家族間でのやり取りである。一つ、最悪の事態に巻き込まれ、ライラがあの馬車に乗っている——駄目だ、考え出したらきりがない。
面倒くさい、確かめちゃえばいいか。そう結論付けた私は、死角から地面に降り立ち、馬車の中をひょっこりと覗き込んだのだが——
「——おい、どこから湧いてきた」
——しまった。思いっきり中の男と目が合ってしまった。
馬車の中から突き付けられるナイフ。私は反射的に手を上げる。
馬車の中には男が数人、そして——荷物の影に隠されてはいたが、猿ぐつわをしている女性の姿を、私は見てしまった。ビンゴじゃん。
私は手を上げたまま後ずさる。
(うわー、逃げたいなあ。でも、義を見てせざるはなんとかなりだよねえ。もしかしたら、ライラもいるかも知れないし……)
「——見られたな、囲め」
そんな私の事を、馬車の中から出てきた男二人と、賄賂を受け取っていた衛兵が囲いこんだ。
私は覚悟を決める。目標は馬車の中にいる女性の救出。男達は倒しても構わない。さあ、何処までやれるか。
私は両手を上げたまま、声を震わせ、上目遣いで嘆願する。
「——ねえ、抵抗しないから、許してくれる?」
私の弱々しい言葉を聞き、男達は下卑た笑いを浮かべた。そうだ、油断しろ。
「へえ、殊勝な心掛けだな。そうだなあ、俺達の奴隷にしてやろうか?」
男が舌舐めずりをする。
「へへ、商品には手は出せないからな。自由に出来る玩具が欲しかったんだよ」
男は血走った目で、舐め回す様に私を見る。誠司さんが絶対にしない視線。気持ち悪い。
すぐにでも殴りたい気持ちだったが、男達は警戒を緩め近寄って来たので、私は我慢する。あともう少し——。
「——ただなあ、これじゃあ物足りないかもなあ」
男はニヤつきながら、私の胸をナイフの腹でペシペシ叩いた。もう一人の男が釣られて笑う。衛兵の吹き出す音が聞こえる。よし、殺す。全員殺す。
——十分に引き付けたと判断した私は、まずは高速で宙返りをしながら、失礼な発言をした男の股間を全力で蹴り上げる。予備動作無しのサマーソルトキックだ。
グチュっという嫌な音と共に、男は蹴られた勢いで空中で半回転した。そして、股間を押さえながら地面にベチャッと倒れ込む。
私は空中で止まり、蹴る方向を横回転に切り替える。それは思惑通り、背後にいる衛兵の側頭部にクリーンヒットした。衛兵が地面に口付けするのと同時に、私のつま先も、ふわりと地面に着く。
間髪入れずに私は、残る一人の男の元へ低空飛行で近づく。そして、男の眼前でピタッと止まり、私は男に選択を迫る。
「ねえ、股間と側頭部、どっちがいい?」
「なっ——」
「はい、時間切れ」
男の返事を聞かず、私は股間を思いっきり蹴り上げた。男は白目をむいてその場に崩れ落ちる。
——決まった。私は倒れている男達に、ビシッと指を立て宣言する。
「私、着痩せするタイプだからっ!」
ふう、世の中失礼な男が多くて困る——と勝利の余韻に浸ろうとした、その時だった。
馬車の方からパチパチパチとゆっくりとした拍手が聞こえてくる。
そりゃそうか、大切な『人身売買』の取り引きだ。腕の立つ者——用心棒が、居ない訳がない。
「はあ、やるねえ、お嬢ちゃん。いや、立派だよ。ただねえ、困るんだよねえ、邪魔されると」
身長の高い、痩身の男がユラリと馬車から降りてくる。見ただけで分かる、今戦った輩達とは段違いの強さを持っているであろう事を。
「落とし前ってヤツ? つけないとねえ」
男は無表情で語る。私はこめかみに嫌な汗が流れるのを感じる。さあ、困ったぞ、どうしたものか——。
——なぜなら、その男の腕の中には攫われたエルフがおり、そしてその首筋にはナイフがあてられていたからだ。




