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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第三章
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駆けるポラナは涙目で 03 —戦う、ポラナは目を拭い—





 目の前の物腰柔らかな印象を受ける男性を観察し、ポラナは息を呑む。


(……やるっきゃ……ないか)


 ポラナとて腕に自信はある。元三つ星冒険者のニサとしのぎを削るくらいには。


 だが、旅エルフを名乗るダイズという人物は、隙を感じさせない。受ける印象は、間違いなく強者のそれだ。


 それに——例えこの男を倒せたとして、もはやポラナに未来はないだろう。


 彼の背後に控えているのは屈強なドワーフの集団。ポラナの背後には同じ姿をした無数の青髪の女性たち。状況は詰んでいる。


 もはやこの戦は負け戦だろう——少なくとも、ポラナ隊に関しては。そしてここまでの準備のよさ。もしかしたら他の隊もどうなっているか分からない。


 しかしそれでも、彼女には魔法国の将を任されたという矜持がある。


(……みんな……うち、がんばっから!)


 ポラナは目を拭い、せめて一矢報わんと無言で剣を抜き構えるのだった。



「おや、お嬢様。闘う前から息が荒いですよ?」


「……う、うるさいしっ! さっさと掛かってこいっ!」


 フーッ、フーッと息をするポラナ。緊張で汗が滲んでくる。


 やはり、目の前の男には隙がない。ポラナは両手でしっかりと剣を握りなおした。


「では、参ります」


 そう宣言し、ダイズが動いた。孤を描く様に振り下ろされる長剣。それを後方に飛び退き回避したポラナは、すぐさま反撃に——。


 だが、次の瞬間、ダイズの剣は振り上げられた。土を抉りながら振り上げられた剣筋は、ポラナの顔に土砂を飛ばす。


 反射的に目を閉じてしまうポラナ。


 ——強い、それ以上に、上手い。


 しかし、そこで怯むポラナではない。彼女は目を閉じながらも、相手の動きを脳内に描き出す。


 そして彼女は——大地を蹴った。



「——電光石火!」



 ポラナのとっておきだ。瞬発力なら、誰にだって負けはしない。


 今、ダイズは剣を振り上げている。胴ががら空きだ。ポラナの速さの方が、絶対に勝つ。


 はずだった。


「……えっ?」


 ポラナは薄目を開け、驚愕する。確かにダイズの剣は、振り上げられていた。ただし、片手で、だ。


 彼女の胴を狙った渾身の一撃は、彼のもう片方の手にいつの間にか握られていた短剣によって、いとも容易く受け流されてしまった。


 よろめくポラナ。そんな彼女の無防備な首筋に、ダイズの剣の柄が打ちつけられた。


「ぐっ!」


 ポラナは呻く。そして倒れ込む彼女のみぞおちに、ダイズの膝蹴りは炸裂した。


「……カハッ!」


 余りにも激しく鈍い痛みに、ポラナは地面にうずくまってしまう。その彼女の様子を見て、ダイズは長剣を収めながら語りかけた。


「良いものをお持ちです。ただ稽古であれば問題ないのですが、実戦でその攻撃はあまり感心いたしませんね。防がれた時の隙が大きすぎる。それは最後まで、とっておきなさい」


「……ケホッ……う、うるさいし……あんたが強すぎる、だけ……」


 咳き込みながら、痛みと悔しさに涙を滲ませるポラナ。


 分かっている、隙の大きな攻撃だということは。でも、活路を見出すためには、もう、捨て身になるしかなかった。


 しかし終わってしまった。こうなってはポラナに残された道は、敗北を認め死を受け入れることしかない。


 でも、願わくば生き残ったみんなは——ポラナが嘆願しようと顔を上げた、その時だった。


「では、レザリア。あとは頼みますよ」


「はい。お任せください、ダイズ」


 レザリアと呼ばれたエルフの女性が、歩み寄ってくる。その手に敷物と縄を持って。


「……えっ、な、なに?」


 ポラナの問いかけに答えることなく、レザリアは敷物をバサッと広げた。


「エルフ流束縛術、壱ノ型・夕凪!」


「ちょ、待っ……!」


 巻かれていく、縛られていく。みるみる内にポラナの身体が——。


 やがて簀巻すまきにされたポラナは見る。格好良くポーズを決め、悦に浸っているレザリアの姿を。


 そんなレザリアの元に、『月の集落』の長であるナズールドが近づき声を掛けた。


「お疲れ様、レザリア。でも、『エルフ流』と名乗るのは、エルフ族に対する風評被害になるんじゃないかな。せめて『レザリア流』と名乗ってみてはどうだろう?」


「ご心配には及びません、ナズールド。このレザリア=エルシュラント、身命を賭してこの束縛術、エルフ族に伝わる秘奥義にしてみせますゆえ」


 分からない、分からない。何を言っているんだこのエルフ達は——。


 その様に困惑するポラナを抱え上げ、レザリアは『魔女の家』へと入っていったのだった。





 レザリアはポラナを担ぎ上げたまま、階段を下りていく。


 そして『魔女の家』の書庫、そこに待ち構えている人物にポラナを引き渡した。


「お待たせいたしました、ヘザー様。無事、敵の将を捕らえてまいりました」


「お疲れ様です、レザリア。では家のこと、よろしく頼みましたよ」


「……はい……あの、やはり私は、連れていっては……」


 肩を落とすレザリア。ヘザーはポラナを担ぎ上げながら、涼やかに微笑んだ。


「今回、どんな危険が待ち受けているか分かりません。その為の人選ですよ。それに——」


 まだ何か言いたげなレザリアに向かって、ヘザーは片目を閉じた。


「——リナが言ってましたよね。『レザリア。私達の家を、よろしくね』と。もう忘れたのですか?」


「……い、いえ! そうです、リナの帰る場所は、私が守りますゆえっ!」


 リナからのお願いを思い出し、レザリアは顔を赤らめる。


 ヘザーは頬を緩めながらため息をついて、空間に手をあてた。


「では、行ってまいりますね。終わったら、すぐにリナを帰してあげますよ」


「……は、はい、お願いします!」


 

 ——こうしてヘザーは、書庫とバッグを繋ぐ空間に入っていった。


 その姿を見送ったレザリアは、指を組んで祈りを捧げる。


「……どうか、ご無事で……そして、ヘクトールを、必ずや……!」




 ——トロアの各地で行われた戦争も、これで六箇所が終結した。



 そして場面は七箇所目——この戦争の最後の舞台である『魔法国ヘクトール』へと、移り変わる。







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