駆けるポラナは涙目で 01 —駆けるポラナは悠々と—
西の森、通称『迷いの森』と呼ばれる森の中——。
魔法国所属、魔族の耳を持つ女性ポラナは、魔法国私兵二百名ほどを引き連れ進軍していた。
そして午前九時。部隊は滞りなく、とりあえずの目的地である結界付近へと到達した。
馬から降りたポラナは、注意深く魔力を集中させる。
「……えっとお……ああ、あったあった」
この結界の規模から推測されるに、全六十四箇所はあるであろう結界点の一つ。
以前訪れた時に傷つけた結界点が、そのままの状態で残されていた。
「ふっふーん。どうやら気付かれてないみたいね」
——ヘクトールの『実験』。魔力草『トキノツルベ』から抽出されたエキスを元に作られた魔法薬、『トキノシズク』。
この雫には結界を破る力がある。
本来は地中深くに眠っている『厄災ドメーニカ』の結界を打ち破る為に作成されたのだが、その余りを、結界点を探ることの出来るポラナがヘクトールから託されたという訳だ。
ポラナはポーチから『トキノシズク』を取り出し、結界点に満遍なく振りかけた。
淡く輝き出す結界点。
やがて——結界点は、消失した。
これで、『魔女の家』を守っている結界の機能は失われたはずだ。
ポラナは馬に跨り、進軍を再開する。
「じゃあ、みんなー。慎重にいくよー!」
結界が機能を失った今、馬車の通った痕跡を辿れば『魔女の家』に行き着けるはずだ。
ポラナ達は駆ける。目的地『魔女の家』に向かって——。
——その一部始終を木の上から静かに見守っていた一人のエルフは、通信魔法を立ち上げた——。
†
それからしばらく進み、木々の隙間から小高い丘が顔を覗かせる頃。
先頭を駆けるポラナは、異変を感じとり耳を動かした。
(……後ろ……静かじゃない……?)
ポラナ隊は二百名からなる部隊だ。その全員が、馬に乗っている。その馬の駆ける音が、明らかに少なくなっている。
ポラナは速度を落とし、注意深く振り向いた。
見ると、彼女についてきている兵は三分の一ほどしかいない。そしてその向こう、遥か後方に広がっているピンク色の霧。
彼女が魔法により強化された視界で眺めると、霧の中、兵が、馬が、倒れ込んでいる姿があった。
——そう。まるで、眠っているかのように。
ポラナの顔が、瞬時に青ざめる。何が起きた……?
と、その時だ。頭上から一斉に部隊に向かって降り注ぐ、矢の嵐。
その矢の狙いは恐ろしいほど正確で。兵も馬も、次々と射抜かれて倒れてゆく。
混乱したポラナは、たまらずに叫んで命令を下した。
「みんな、走って!『魔女の家』まで、もうすぐだからっ! 多分!」
駆けていく、駆けていく——残った兵たちはポラナの後を追うように、一目散に駆け出していったのだった。
やがて彼女達の姿が遠くなったのを確認し、次々と大勢のエルフ達が木の上から飛び降りてきた。
『風の集落』の男エルフ、チゼットが遠くを見つめる。
「とりあえずは、上手くいきましたな」
『花の集落』の女エルフ、ミズレイアが口元を押さえる。
「ふふ。この森に害をなそうなんて、許せませんよねえ」
『鳥の集落』の男エルフ、ゾルゼが大きく頷く。
「フン。まあ、あの嬢ちゃんが数を減らしてくれたからな。こんなもんじゃろ」
——この森に住まう、各集落の戦えるエルフ総勢三十名余り。
彼らはこの一帯の木の上で待ち伏せし、ポラナ隊にとって致命的とも呼べる奇襲攻撃を成功させた。
遅れて後方から、カルデネを連れた『月の集落』の女エルフ、ニーゼがやってくる。
「みんな、大丈夫だった?」
「ああ。万事計画通り、上手くいったよ」
にこやかに微笑むチゼット。ゾルゼが高笑いを上げる。
「ハハハ。それにしても嬢ちゃん、すごかったな! 確か……『深き眠りに誘う魔法』だったかのう?」
「……!……は、は、はい……」
ゾルゼの大声に、震えながらニーゼの背中に隠れるカルデネ。ミズレイアがゾルゼとの間を遮るように立つ。
「こおら、ゾルゼ。カルデネちゃん、男性が怖いって言ってあったでしょう?」
「お、おう、すまん。つい興奮してしまってのう……」
ミズレイアに窘められ、ゾルゼはシュンと肩を落とす。
その様子を見たカルデネは、口元を緩めた。
「……申し訳ありません、私は大丈夫です。気を遣わせてしまって……その……ありがとうございます」
「気にするな、友人よ。だが、お前さんの魔法に驚いたのは事実だ。感謝はさせてくれ」
「……はい……!」
——作戦は成功した。
まず、カルデネの『深き眠りに誘う魔法』で後続の兵たちを馬ごと眠らせる。
そして、魔法の範囲外にいた前方の兵士を矢で穿ち、出来るだけ数を減らす——十分に数を減らしたら、あとは将を『逃がす』だけだ。
「さあ、では皆、生き残りを縛り上げるぞ」
「「はい!」」
チゼットの号令で、一斉に動き出すエルフたち。
まずは第一段階成功。ニーゼは通信魔法を立ち上げ、魔女の家に控えている『レザリア』に連絡を入れるのだった。




