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ライラと『私』の物語【年内完結】  作者: GiGi
第六部 第二章
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トロア流迎撃戦 13 —夢の終わり—





 絶望のあまり、座り込む兵士たち。


 気がつけば周りの地形は盛り上がっており、どこにも逃げ場はなくなっていた。



 ——『魔女』とは、こんなにも恐ろしい存在だったのか。



 地形を操り、骸骨兵たちを一瞬で消し去り、更には千体もの分身を作り出す存在。


 先ほどまでの混戦による同士討ちとジョヴェディによる攻撃で、すでに兵たちは半数近くが失われている。敗北を認める兵士たち。


 だが、そんな中——魔法国の将である魔族の男性オスカーは、前に出る。


「……負けを認める訳には、いかないんだよ」


 剣を構え、グリムに相対するオスカー。グリムは肩をすくめ、オスカーに向き直る。


「まだやるか。それは将としての、意地か?」


「……オレには、魔女の首を取らなければならないという使命がある」


「ヘクトールだな?」


「……そこまでバレているのか……」


 舌打ちをしながら、にじり寄るオスカー。短刀を構えるグリム。


 しかし。その二人の間に、人影が降ってきた。



「青髪よ。退屈じゃ、ワシにやらせい」



 ビオラに扮したジョヴェディは、二人の間に華麗に降り立つ。その姿を見て、グリムは口元を緩めた。


「おい。勝手なことをすると『ビオラ様』に怒られるぞ?」


「……クックッ。ああ、今『ビオラ様』はお眠りになられておる。ワシは後始末を任されておってのう」


 見る者が見れば、すぐにそれと分かる三文芝居。だが、周りの兵たちは信じる。この強大な力を持つ人物でさえ、『魔女の手下』に過ぎないと。


「——では、早速始めるとするかのう」


 そう言って、魔女の姿をとった女性は老人の姿へと変貌した。その姿を見て驚愕するオスカー。


「……お前は……エンケラドゥス……いや、『厄災』ジョヴェディか!?」


「ほう、ワシのことを知っておるのか。だがすまんな。ワシは有象無象を覚えていられるほど物覚えは良くなくてのう——」


 ジョヴェディはオスカーに杖を向ける。



「——かかってこい、小僧。少しはワシを、楽しませてくれよ?」



 ——こうして、どちらが悪役か分からない南の地スドラートにおける最後の戦いは、始まったのだった。






「——でやぁぁぁっ!!」


 オスカーは果敢に斬りかかる。それを退屈そうに避けるジョヴェディ。


「……くっ!」


「フン。ライラやハーフエルフの娘っ子より、全然遅いのう」


 それでも斬りかかるオスカー。彼は斬りかかりながら、一つの魔法を紡いだ。


「——『火弾の魔法』!」


 ジョヴェディ目掛けて飛んでいく火弾。それをなんなく躱すジョヴェディ。だが、そのジョヴェディの避けた方向にオスカーの剣は振り下ろされた。


「もらったあっ!」


「……フン、見え見えなんじゃよ」


 鼻で息を吐き、オスカーの腕ををジョヴェディは手で掴みとる。


「なっ!?」


「剣筋ではセイジの比にもならんし、優男のような魔法の脅威もない。魔法を利用した戦闘も、セレスには遠く及ばんのう。それに——」


 ジョヴェディは『厄災』の膂力で、オスカーの腕を強く握り潰す。たまらずに剣を落とすオスカー。


「——力もない。エリスの人形や髭面のオヤジの膂力は、恐ろしいほどまでに凄かったぞ?」


 オスカーは呻きながら膝をつく。その時、将の危機に兵士の一人が勇気を振り絞って矢を放った。それを背中に受けたジョヴェディは、矢を放った兵士を横目で睨む。


「……微温ぬるい。微温すぎるんじゃ。エルフの娘の矢は、見事ワシを張り付けたというのに」


 視線に射抜かれ、腰を抜かす兵士。ジョヴェディはかぶりを振る。やはりここに、ひりつく戦いは、ない。


「全くもって、期待外れじゃ。お主たちでは『燕』の、爪先にすら及ばん」


 そう告げ、ジョヴェディは、オスカーの口に杖を突っ込んだ。


 もがくオスカー。しかしジョヴェディは、容赦なく詠唱を始める。


 身動きもとれず、茫然とその光景を見守る周囲の兵士たち。オスカーは杖を握り、最期の抵抗をする。だが、その抵抗は虚しく——言の葉は、紡がれた。


しまいじゃ——『火光かぎろいの魔法』」


 パチパチッと光が弾け出す。オスカーの身体を駆け巡る、光の粒子。彼の身体が膨れ上がる。ジョヴェディは杖を抜き取り、目の前の憐れな青年に語りかけた。


「そうそう。一つだけ訂正させてもらう。今のワシは力に溺れるエンケラドゥスでも、ただ脅威を振り撒く『厄災』でもない——」


 オスカーの身体が、ボコッ、ボコッと変形しだす。


 直後——彼の身体は、跡形もなく、弾け飛んだ。


 ジョヴェディは背を向け、目を閉じる。



「——今のワシはただの『ジョヴェディ』じゃ。覚えておけ」






 ロゴール国将軍ガラノフは斬られた腕の傷口を押さえ、崖ぎわでうずくまっていた。



 ——なんだなんだなんだ。一体、何が起こっているのだ。


 全く理解が出来ない。これは簡単に功績をあげられる、戦争とも呼べぬ戦争ではなかったのか?


 辺境の漁村にいる小娘の首をとるだけの、誰にでも出来る仕事ではなかったのか?


 そうだ。これはきっと夢だ。悪夢を見ているに違いない。


 この俺が、こんなつまらぬ戦で腕を失うなんて有り得ないことなのだから。


 はは。そうと分かれば、逃げ出そう。見てろよ、逃げ切ってやるよ、この悪夢から——。



 焦点の合わない瞳で乾いた笑いを浮かべながら這いずり出すガラノフ。


 だが——そんな彼の行手を遮るように、目の前に生足が現れた。


「どこへ行くんだい?」


 その声にガラノフが視線を上げると——魔女の姿をした青髪の女性が、冷ややかな視線で彼のことを見下ろしている姿があった。


「……どけ……どけよ……俺は……夢から醒めるんだ……」


「言っただろう?『私の胸に触れた代償は高くつく』と」


「……うるさい……そこまで大したものでもないクセに……ふふ、あはは、俺に揉まれて、本当は嬉しかったんじゃ——グハッ!」


 鈍い音が響き渡る。ガラノフの顔面を蹴り飛ばしたグリムは、眉をしかめた。


「……つくづく不快な男だな、キミは。生かす価値どころか、キミを生かしておくと世にとって害悪にしかならないことがよく分かったよ」


 ガラノフが呻きながら上体を起こしあげると——彼のことを、短刀を構えたグリムたちが囲んでいた。


 その非現実的な光景を見たガラノフは、堪らずに笑い出す。


「……あひゃ、あひゃひゃ……女がいっぱいだあ……夢なら醒めないでくれえ……」


 もはや脈絡のない言葉をつぶやきながら、ガラノフは笑い続ける。グリムはため息をつき、ガラノフの前へと歩み出た。



「……良かったな。これは、現実だよ」



 直後、グリム達の短刀に切り刻まれるガラノフ。


 薄れゆく意識の中、ガラノフは残された左手を懸命に伸ばし、指を動かす。



(……最後に、少しくらい……揉ませてくれよ……なあ……)



 力が抜け、落ちる左手。彼の最期の意識は、そこで途絶えたのだった。



 グリムは返り血に塗れた身体で、今や物言わぬ物と成り果てた下劣な男を見下ろし、つぶやいた。



「……まったく、汚らわしい。人間に憧れる私を、あまり失望させないでくれ」




 ——南の地、スドラートにおける戦、決着。


 これで『全七箇所』における戦場の内、四箇所が終結したことになる。



 そして北の地におけるハウメアの戦も、決着の時は近づいていたのだった——。








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